浄化槽は、下水道と同じように生活排水を処理するために設置される施設で、下水処理場が数千・数万という世帯からの生活排水を1ヶ所に集めて処理する集中型であるのに対して、浄化槽は建物毎に駐車場の地下などに穴を掘って設置される分散型の排水処理施設です(2007年3月5日号「排水を毎日きれいにする小さな装置」)。一戸建ての住宅から、アパート、マンションなどの単位で生活排水を処理するもので、ごみの収集・焼却処理と同じように、私たちの生活になくてはならないものですから、災害時にも被害を受けにくく、被害を受けても素早く復旧できる必要があります(2015年7月号「災害に強い「レジリエント」なごみ処理」)。
地震が起きたとき、浄化槽はどのような影響を受けるでしょうか?過去の大きな地震の際の調査結果によると、多くの浄化槽は通常通り使用できており、震度6弱以上の市町村で影響を受けた浄化槽は数%以下、多くても十数%程度です(環境省 浄化槽サイト)。強い震度の市町村に限った調査でこの数値ですから、全体としては非常に影響が小さいと言えるかも知れません。
2011年3月の東日本大震災は、国内最大のマグニチュード9が観測され、戦後最大の人的・物的被害をもたらしましたが、震度5強以上の地域(津波によって家屋が流出しているようなケースを除く)を対象とした環境省の現場調査によると、24.6%が応急修理で対応可能であり、浄化槽自体を交換しなければならないケースは、3.8%でした(浄化槽における災害対策、2015年3月、環境省)。私たちも発災後から現地に入り、被害状況の把握や対処方法の提案、科学的知見の集積・提供などを行ってきています。(平成23年度国立環境研究所公開シンポジウム「ミル・シル・マモル~命はぐくむ環境を目指して~」被災時の生活排水処理と今後の課題)
浄化槽は、製造するメーカーによって大きさや構造などに違いがあります。今回の東日本大震災後の調査結果のうち、22種類(計684施設)について壊れ方を詳しく見てみると、液状化によって浄化槽が浮き上がりやすい構造や壊れにくい素材などがわかってきました。現時点でも浄化槽は地震に強いわけですが、何故地震に強いのか、その中でも壊れてしまった原因は何なのかを明らかにすることは、今後、さらに被害を受けにくく、もしくは被害を受けても迅速に復旧できる「レジリエント」な浄化槽を目指す上で重要と考えられます。
排水管は家屋の床下から出てきますので、通常、それを受ける浄化槽は地下に埋めて使います。浄化槽の埋め方を極簡単に説明すると、浄化槽よりも大きな穴を掘って、浄化槽を置いて配管を繋ぎ、回りを砂で埋め戻す、ということになります。地震を模擬するための振動台と浄化槽の模型を用いた実験を行ったところ、この埋め戻しの砂が浄化槽の下に回り込むことによって浄化槽が浮き上がってしまう様子が見られました。実験結果を単純に言えば、重心が低く、上部よりも底部が広く、底部の凹凸の少ないものが浮き上がりにくい結果となりました。また、砂をしっかりと突き固めることでも浄化槽が浮き上がりにくくなることもわかりました。但し、あまり強く突き固め過ぎて浄化槽本体が壊れてしまっては本末転倒ですので、適切な浄化槽の形・強度と埋め方(施工方法)が重要になります。
浄化槽を使っているとその中に汚泥(2013年2月号「"おでい"ってなあに? ~排水処理を取り巻く汚泥~」)と呼ばれる微生物の固まりが溜まっていきますので、定期的にこれを引き抜く(清掃する)必要があります。しかし、この汚泥を処理する施設(し尿処理施設)はすべての市町村にあるわけではありませんし、その施設自身が被災して使えなくなってしまう可能性もあります。従って、災害が起こる前に、複数の市町村が連携して準備しておくことが重要です。
どのように市町村が連携すると効果的か、ということについて、ある県を対象に汚泥やし尿の発生量と、し尿処理施設まで距離を計算したところ、被災前後で県全体の汚泥・し尿の輸送に係る労力(輸送量×距離)が3.4倍程度になるケースがあることがわかりました。これを最小限にするためには、一部のし尿処理施設に中継地点となる一次貯留槽を設け、二段階で輸送することが有効でした。また、複数の被災シナリオで同様の解析をしたところ、多くのケースで中核となるべき施設が見いだされ、この施設の規模を拡大するもしくは一次貯留槽を設けることで、被災時の汚泥・し尿の輸送を効率的に行い、浄化槽を継続的に使っていけると考えられました。
このような研究成果を元に、県が中心となって広域的に災害対策を検討し、複数の市町村の連携を進めることが、いざ災害が起こったときの影響を最小限にする、すなわち、レジリエントな仕組みを作ることに繋がると考えられます。
これらの研究成果は、2014年に改訂された災害廃棄物対策指針(環境省)の技術資料(技1-28)に活用されています。またこの研究を契機に、浄化槽の耐震性に関する基準を策定するべく、基準化・評価の検討を進めています。家やビルなどは耐震性評価の例が多くあり、地下室も柱が地上部と繋がっているので、これを元に耐震性が評価されていますが、浄化槽は地上部との強固な接合部分がほとんどない地下埋設物であり、このような構造物の耐震性の評価は、建築物として過去に例がありません。簡単に基準化できるものではありませんが、慎重かつ着実に検討を進めていくことにしています。
<もっと専門的に知りたい人は>
- 平成 25 年度環境研究総合推進費補助金 研究事業 総合研究報告書「防災・減災を志向した分散型浄化槽システムの構築に関する研究(3K122107)」
- 仁木圭三、蛯江美孝(2014)浄化槽における液状化対策に関する模型実験、浄化槽研究、26(1)、1-9.
- 荒井康裕、梅沢元太、稲員とよの、小泉明、蛯江美孝(2014)災害時における減災を考慮した広域し尿処理の最適化計画、土木学会論文集G(環境)、70(6)、II_393-II_401.
<関連する調査・研究>