循環型社会・廃棄物研究センター オンラインマガジン『環環kannkann』 - 循環・廃棄物のけんきゅう!
2007年3月5日号

排水を毎日きれいにする小さな装置

蛯江美孝

 私たちはいま、21世紀の日本に住み、とても便利で快適な生活を送ることができます。この生活は様々な製品やサービスによって成り立っていることはすぐにわかりますが、それらを使い終えた後の廃棄物についてはどうでしょうか。もし、それらの廃棄物が私たちの生活の中で溜まっていったら・・・。そう考えると、私たちの生活が廃棄物の適正な処理によって支えられているという一面に気付くことができると思います。

 一般家庭から出る廃棄物というと、「日常生活などによって排出され、廃棄される不用物」ということで、ごみ箱のごみや台所の生ごみなどがイメージされますが、廃棄物の中にはトイレの水や台所、お風呂などからの排水といった液状廃棄物も含まれます。例えば、いま、あなたが水道の蛇口をひねれば、すぐにきれいな水が手に入ります。しかし一方で、湖沼や内湾などの水質の汚れは年々ひどくなっています。この原因はどこにあるのでしょうか。 水質汚濁の原因というと、一般に工場などから出る産業排水を思い浮かべますが、多くの場合、最大の水質汚濁の原因は私たちの便利な日常生活から排出される生活排水(液状廃棄物)なのです。私たちは、このような日常生活に必須となっている液状廃棄物の適正な処理のための技術システムの開発に関する研究をしています。

 さて、このような生活排水を処理するものとして一番に思いつくのは下水処理場だと思います。小中学校などの社会科見学で、見学に行ったことがある方も多いのではないでしょうか。そこには大きな排水処理槽があり、数千、数万という規模の世帯から出てくる排水を一ヶ所に集めて処理しています。一方、このような大規模な下水処理場に対して、いま注目を集めているのが小型の「浄化槽」(じょうかそう)です。皆さんは、この浄化槽という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

 文字通り、浄化槽は水をきれいにする槽ということになります。下水処理場が数千・数万という世帯からの生活排水を1ヶ所に集めて処理する集中型であるのに対して、浄化槽は個別の世帯に設けられる分散型の排水処理施設であり、一戸建ての住宅から、アパート、マンションなどの単位で生活排水を処理する規模のものまであります。では、なぜ浄化槽が今注目を集めているのでしょう。 それは、東京などの人口密集地域では汚水を大規模な下水処理場に集めて浄化することが効果的ですが、農山村や新興住宅地などの地域ではそのような対策が必ずしも有効ではないからです。つまり、生活排水の発生源である家庭が点在する地域では、下水処理施設まで下水管を張り巡らせるとその距離が長くなり非効率なので、各家庭から出た排水をその場で処理し、きれいな水にして環境へ戻すことができる浄化槽を分散させて整備した方が効率的な場合もあるわけです。

浄化槽の概略図(通常、浄化槽は地中に埋められ、マンホールのみが見えています。)

 少し技術的なことに触れますと、生活排水の浄化には、主に微生物の力を利用した方法が用いられています。通常、2段階のプロセスを経ますが、まず前段(嫌気槽)で夾雑物を沈殿させることで除去し、後段(好気槽)で空気を吹き込むことによって微生物が汚濁物質を酸化分解することを促進します。つまり、私たちが汚いと思っている汚濁物質が、微生物にとっては栄養源になるわけです。この微生物の働きによって、汚濁物質が消費されることで水はきれいになっていくのです。 浄化の原理は浄化槽も下水道も同様ですが、規模が小さな浄化槽で効率的な処理を行うためには様々な工夫が必要になります。例を挙げれば、夜中、皆さんが寝静まった時間には排水は出てきませんし、朝、食器を洗ったり、夕方にお風呂に入ったりすることによって集中的に排水が出てくるわけですから、汚水量の変動に対応して処理効果を維持するためのしくみや構造が重要となります。 現在では、効率的な流量調整のしくみや沈殿、酸化分解を促進するための微生物付着担体(プラスチックやセラミックス等)の開発により、ほとんどの有機物は除去することができるようになってきました。

 しかしながら、それで問題が解決した訳ではありません。湖沼や内湾などの水質の汚れでの主な汚れの原因となっているのは、実は生活排水に含まれる窒素やリンといった栄養塩類なので、それらも除去する必要があるのです。窒素については、従来の処理方法だけでは除去できないため、好気槽で酸化処理した水の一部を嫌気槽に循環させる硝化・脱窒法が行われます。この方法により、排水中の窒素(主にアンモニア)は微生物によって最終的には窒素ガスにされ、空気中に放出(脱窒)されます。 浄化漕の中で、この窒素を除去するプロセスが効果的に行われるよう、内部で循環させる水量を最適に設計することが重要になります。私たちの研究では、循環水量の違いによる窒素除去特性と運転操作条件の関係について実際の生活排水を用いて比較試験を行った結果、流入する生活排水の4〜6倍量の水を好気槽から嫌気槽に循環させることによって、80%以上の窒素を除去することができました。

 このような工学的なアプローチの他にも、処理技術の主となる微生物に着目した研究を行っています。窒素除去反応は2段階(硝化反応と脱窒反応)の組み合わせから成っていますが、それぞれの反応に寄与する微生物は大きく異なります。特に硝化反応を担う微生物は増殖速度が著しく遅いため、一般に処理効率を決めるのは硝化反応となります。 従って、この微生物を如何に多く反応槽内に保持するか、如何に微生物の活性を高く維持するかということが重要になるわけですが、実際にはこれらの微生物は1ミクロン(1/1,000mm)程度の大きさですので、どの種類の微生物が、どこに、どれくらい存在するかを知ることは容易ではありません。そこで、この微生物に特有の遺伝子(DNAやRNA)を目印に、どのような種類の微生物がどの程度存在し、また硝化反応を進める活性を持っているかということを明らかにするための解析手法を確立し、技術開発や維持管理方法を効率化するための研究も行っています。

<もっと専門的に知りたい人は>
  1. Ebie, Y. et al.:Functional analysis based on molecular microbiological methods in Johkasou technology for decentralized wastewater treatment system、Proceedings of 4th International Symposium on Sustainable Sanitation, pp.143-157、2006
  2. 山崎宏史ほか:嫌気・好気高循環排水処理システムの窒素除去特性と運転操作条件の関係解析、日本水処理生物学会誌、42(3)、pp.151-157、2006
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