ハウスダスト、つまり室内の"ほこり"は、少し目を離したすきに床や家具、家電製品の周辺などに大量にたまってしまう厄介なものです。見た目に厄介なだけでなく、アレルギー性疾患を誘引したり(本号「ハウスダストとアレルギー」参照 )、電気製品の故障の原因になったり、ときには電源プラグ付近に堆積したハウスダストが火災を引き起こしたりするので、家庭や学校、職場の衛生環境を維持するために、ハウスダストの除去作業、すなわち掃除は欠かせないものです。さらに、10年ほど前からハウスダストを介したヒトへの化学物質の取り込みの重要性が指摘され始め、私たちも研究テーマとして取り組んでいます(2006年12月号「ハウスダスト研究(ほこりの研究)」、2012年8月号「ハウスダスト中の臭素化ダイオキシン類」参照 )。
そもそもハウスダストとは、どんなものから構成されているのでしょうか。おおまかに20種類の分類を示している研究例があります。皮膚、花粉、土、スス、灰、繊維、植物片、などなど。つまり、ハウスダストとはいろいろなものが複雑に混ざった混合物ということです。実際に我々の研究で使用したハウスダストの写真を示します(写真1、2)。一目見ても、綿埃のような繊維状のものと砂粒のような粒子状のものが様々なサイズで混ざり合っていることがわかると思います。その不均一で複雑な"ダスト"の中に含まれている化学物質の種類や濃度を正確に調べるにはどうしたらよいのでしょか。綿埃と粒子状ダストをいっしょのまま研究用試料として取り扱ってよいのか?、粒子サイズの違いによって濃度は変わらないのか?といった疑問が当然わきます。ところが、ダストというのはとにかく複雑で、これまで研究者によってダストの定義はもとより、粒子サイズや繊維状物質の扱いについて一貫した見解が示されてきませんでした。
ハウスダストの摂取量や含まれる化学物質のリスクを適切に評価するためには、再現性のある化学分析データが不可欠です。そこで、ダストの標準的な代表試料の調製方法を提案することを目的に、一般家庭5軒から通常使用されている掃除機にたまっていたごみを研究用の試料として提供していただき(HD-01~HD-05)、臭素系難燃剤PBDEsの蓄積特性を調べましたのでご紹介します(臭素系難燃剤については、2008年8月号「臭素化ダイオキシン類の発生源としての難燃剤」、2009年4月号「家庭製品中の難燃剤の室内環境への影響」2011年12月号「POPs条約におけるPBDEsの位置づけ」参照 )。
何をハウスダストと定義するか。そこがまず問題になります。ここでは、掃除機ごみから毛髪や小石、木片、紙屑等の夾雑物を可能な限り除去したものをハウスダストと定義しました。掃除機に吸い込まれたものは何でも入っていますので、ペットの毛、小さなおもちゃのブロックや小銭、輪ゴム、シール、紐、商品タグ、お米などの食品カス、などなど。虫の死骸が入っていることも珍しくありません。それらは夾雑物として一つ一つ手作業で取り除きました。夾雑物除去後のハウスダスト試料は、ふるいを使って「>2000 µm」、「1000~2000 µm」、「500~1000 µm」、「250~500 µm」、「106~250 µm」、「53~106 µm」、「<53 µm」の7段階の粒径に分けました。ふるいを掛けた後にも毛玉状の綿埃が分離して存在していたため、粒子状ダストと繊維状ダストを可能な限り分けて回収し、それぞれの重量を測定して分析試料としました。
その結果、どの家庭においても粒子状ダストと繊維状ダストの重量はほぼ同程度で、そのうち、粒子状ダストには2000 µm以上の粗大粒子がほとんどなく、53 µm以下の微細粒子の割合が最も大きいことがわかりました(図1左)。一方、繊維状ダストは2000 µmの開き目のふるい上に回収された毛玉状の塊の重量比率がもっとも多く、53 µm以下の画分にはほとんど見いだせませんでした(図1右)。
粒径別のハウスダスト中のPBDEs濃度を測定したところ、粒子状ダストでは、250~500 µm画分で濃度が明らかに低く、粒径が小さくなるにつれて濃度が高くなる傾向がありました(図2)。もっとも小さい粒径(<53 µm)では濃度が下がっていたことから、PBDEsの存在量はダスト粒子の比表面積とは必ずしも関連がないことがわかりました。このことは、ハウスダスト中のPBDEsは、室内にある製品から揮発してダスト粒子にくっついたものだけでなく、PBDEsが含まれる樹脂そのものが細かい欠片(かけら)としてダスト粒子になっている場合もあるためだと考えられます。繊維状ダストについては、500 µm以下の各画分から検出された濃度は同程度であったことから、同じ起源に由来するものと考えられました。
次に、実際にハウスダスト試料を化学分析する場合、どの粒径でふるい掛けしたものを供試するのが適しているのか調べるため、500 µmもしくは250 µmのふるいを掛けた場合のふるい下のPBDEs濃度を算出しました。その差を比較したところ、500 µm以下の全試料(粒子状+繊維状)の濃度は250 µm以下の粒子状ダスト試料のみより1~2割低い値を示すことが明らかとなりました。つまり、250 µm以上の粒径のダストや繊維状物質を含めるとPBDEs濃度を低く見積もってしまう可能性があるということです。手に付着するダスト粒径が250 µm以下との報告もあることから、ハウスダストに含まれるPBDEsの定量に適した標準的な代表試料を調製するには、開き目250 µmのふるい下に回収されたハウスダスト試料から繊維状物質を除去する方法が適していると考えられました。
粒径ごとの濃度分布は化学物質によって異なることが考えられます。国や地域の生活習慣や住環境の違い(土足かそうでないか、家屋の気密性の違い、など)にもよるかもしれません。ハウスダストは重要な化学物質曝露媒体の一つであることから、関係者間で共通認識をもつことが急務だと感じています。