2006年12月18日号
ハウスダスト研究(ほこりの研究)滝上英孝
ハウスダスト(家のほこり)は、私たちには身近な、普段の生活で発生してしまうごみの一部ですが、ご存知のようにダニや花粉、ペットの皮膚片といったアレルゲン(アレルギー抗原)を含むことがあり、アトピー性皮膚炎や他のアレルギー症状などとの関連性が問題視されています。私たちは少し違ったところ、化学物質のたまり場としてのダストという視点から研究を行っています。 ハウスダストは、いったい何から構成されているのでしょうか。屋外から持ち込まれた砂ぼこりや土ほこりも含まれているでしょう。また、部屋に敷いているカーペットや布団の繊維(綿ぼこり)といった室内用品に由来するものも主要な成分になっています。実は、私たち人間も発塵体(「ほこりの発生装置」)なのです。 ハウスダストは、化学物質のたまり場となっていると書きましたが、現代の住宅は気密性の高い構造になっています。このことは言い換えれば、換気が十分でなく、室内で使用されている製品から発生する化学物質がたまりやすい環境になっているとも言えます。私たちはハウスダストに含まれている臭素系難燃剤という化学物質のグループについて調べています。 家電製品やインテリア製品に含まれている臭素系難燃剤は、文字通り「燃え難い」剤で、火災の延焼を食い止めるための化学物質です。テレビなど高電圧部分のあるものは、発火の恐れがあるのでキャビネット部分(プラスチック)に高い割合で難燃剤が配合されています。また、カーテンやカーペットにも火の燃え移りを抑制する目的で添加されています。 このように難燃剤は火事から人命を守る非常に有用な物質ですが、ある種類のものは人体に蓄積されやすく、近年増加傾向であるという報告が、最近になって世界中でなされるようになりました。臭素系難燃剤の健康影響については未知の部分が多いですが、欧州では予防的に規制した方がよいとの考え方(予防原則)に基づいて特定の臭素系難燃剤の使用を規制しています。 有用性とともに有害性についても科学的な情報を増やしておかねばならないという観点で私たちはいろいろな家庭や職場環境のダスト中の臭素系難燃剤の濃度を分析しています。また、バイオアッセイという手法でもダストの毒性について調べています。 室内用品に含まれている化学物質は、どのような経路で私たちのからだに入ってくるのでしょうか。口から入る場合、空気を吸う場合、皮膚に付着して入る場合などいろいろなケースが考えられます。ハウスダストの場合、私たちは望んで摂取するわけではありませんが、細かなちりになって飛散しているダストを吸い込んだり、 指先についたものを飲み込んだり、皮膚から吸収されたりというケースが考えられるようです。大人よりも子供、特にハイハイやよちよち歩きをする乳幼児はその摂取量が高いといわれています。この時期は目覚しい知能発育(神経発達)を遂げる大切なときであり、そんなときにハウスダストを介して望ましくない化学物質を口にしてほしくないものです。影響を受けやすい弱者のための研究の視点が重要です。 では、家庭用品に利用されている化学物質はどういったメカニズムでハウスダストへ移行するのでしょうか。一般的に揮発性の高い物質は空気中に、揮発性の低い物質はダスト中に移行しやすい傾向があります。前述の臭素系難燃剤は揮発性が低い物質ですが、プラスチックの表面劣化でプラスチックとともに粒子としてダストに移行するか、いったん揮発して周囲にあったダストに付着するなどの諸説があります。 製品からの化学物質の放出(揮発やダスト移行)が量的にどのくらいか、温度や湿度などの環境条件によってどのように変化するのか、きちんと調べる必要があります。その一環として私たちは、チャンバー(温湿度や気流の管理を行った実験空間)を用いた試験を行って、データを取得しています。 「ちり」は積もって山となってゆくものですから、こまめに取り除かねばなりません。ハウスダストを除去するための有効な対策としては、換気や掃除、空気清浄機の活用などが挙げられます。このような技術的対策が随分進歩していることは、最近のコマーシャルの多さからも分かります。これらの技術対策が化学物質の低減にも有効であることを私たちも確かめつつあります。 一方、「水際」の対策のみならず、室内用品を構成する素材そのものを機能性のみならず、安全性の観点からも好ましいものに改良あるいは、代替してゆくことが根本的には最も重要であると考えます。メーカー側と情報交換を行いながら協力して研究を進めることも重要ですし、一方で独立的な立場から研究を進める視点についても大切に思います。 ハウスダストは、家庭における化学物質の使われ方を物語る「語り部」だと思います。私たちはハウスダストを丹念に調べてゆきたいと考えています。 <もっと専門的に知りたい人は> |
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