私の所属する研究チームでは、室長を筆頭に様々な役割を持った研究者がいて、主にごみ焼却による成分の変化について調べています。その方法は実験室における燃焼試験、施設調査と灰の分析などが中心になりますが、コンピュータの発達により、シミュレーションを併用することも可能となっています。シミュレーションとは、「物理的・生態的・社会的等のシステムの挙動を、これとほぼ同じ法則に支配される他のシステムまたはコンピュータによって、模擬すること」(広辞苑)とあり、(研究や訓練などのための)模擬実験のことで、ここでは焼却・溶融施設で起こっている現象をコンピュータ上で数値的に再現し、ごみの燃焼の様子や燃焼によっておこるさまざまな変化を予測する作業のことを指します。この記事では、廃棄物焼却処理分野におけるシミュレーション研究の現状と役割について解説したいと思います。
廃棄物焼却処理分野で使われるシミュレーションには大きく分けて3種類の方法があります。(図1)ひとつは数値流体力学計算(Computer Fluid Dynamics simulation, CFD計算)という、炉内におけるガスの流れと熱の伝わり方を計算する方法です。この方法で最低限必要なものは炉内の温度を計算するためのごみの発熱量であり、ガスの流れ方を表す流体力学の方程式とごみの燃焼で発生した熱の伝わり方を表す伝熱方程式を、炉の形状、空気の吹き込み量や初期温度等を設定して同時に数値的に解くことで、それぞれの炉における温度分布、速度分布などを調べることができます。方法としては一般的であり、焼却炉に限らず、車両や航空機の周りの空気抵抗の計算によく用いられます。廃棄物処理で用いる場合は、おもに炉の設計に用いられるようです。シミュレーションのイメージを図1に示します。詳細についてはCFD計算ソフトのメーカー(STAR-CD, Fluent等)のウェブページをご覧ください。
2番目の方法は、化学反応解析という、炉内で起こる化学反応について、反応の速さに関する情報をもとに実際のものが時間とともに変化していく様子を計算するというものです。対象は、焼却炉における気体の燃焼反応であったり、固体の変化であったりしますが、気体に用いる場合は、炉内に存在する気体分子の化学反応の速度定数(反応の速さを表すもの)※1をそれぞれ反応毎に入力して反応速度式を一斉に解くことで、炉内の気体にどういう化合物が生成し、分解されているのかを把握することができます。詳細は計算ソフトのメーカー(Chemkin)のページをご覧ください。
3つめの方法は、熱力学平衡計算を用いる方法であり、燃焼が全て完了したとしたら何ができるのかを予測するというものです。用意するものとしては、ごみ・燃焼用のガス・薬剤など、炉内にあるもの全部をあわせたときの元素組成と炉の温度が必要であり、計算からわかるのは、その温度での最も安定な化合物の組み合わせとそれぞれの化合物の量です。実際の焼却炉・溶融炉では、ごみは熱処理によって可燃分の大部分が燃えて、気体と水蒸気と、ごみの灰分が変化してできる残渣(焼却灰など)に変化しますが、排ガスの組成の詳細変化などを気にしないのであれば、燃えがらがどういう化合物から構成されているのかを知る一つの手段として、熱力学平衡計算は比較的簡単に適用できます。詳細は計算ソフトの関連ウェブページ等ををご覧ください
日本では、ほとんどの廃棄物は最終処分場に埋め立てられる前に焼却されます。一般廃棄物の場合、最もよく用いられる処理方式はストーカ式という方式ですが、そのほかに流動床式、シャフト式ガス化溶融など各種の炉形式があります。以下ではストーカ炉の事例を中心に紹介します。
ストーカ炉は海外でもよく用いられる方式であり、シミュレーションの報告も最も多くなされています。文献としておそらく最初に報告されたものは、Mojtahedi(1987)らによる排ガス中の重金属の化学形態の温度・空気比による違いについて熱力学平衡計算を用いて推定したものでしょう。彼らの計算を当センターで再現したものを図2に示します。横軸は空気比(実際に使用した空気量/完全燃焼に必要な空気量)、縦軸は気体化合物の分圧※2であり、空気比によって気体の成分が変化する様子が示されています。現在は固体、液体、気体など様々な相が共存する場合でも適用可能であり、廃棄物処理以外にも、石炭や汚泥の燃焼、製鉄などの分野で用いられています。
平衡計算の適用より少し前から、高温の炉内で発生した金属を含む蒸気や排ガスが、減温時に凝縮してばいじんになる過程のシミュレーションが開発され、ごみ焼却には80年後半頃から用いられています(Linak1993など)。これは先に挙げた3つの方法とは異なりますが、ばいじん成分の蒸気の凝縮の過程を数式にあらわして、数値的にそれを解くという方法で行われています。
1980年代は商用のCFDプログラムや化学反応解析のためのソフトウエアが販売された時期でもあり、焼却炉の設計にCFD計算や化学反応解析の利用が広まっていったと考えられます。現在は、CFD計算に他の方法を組み合わせることで、炉内のガスの流れや温度の分布とごみの成分の変化を同時にシミュレーションすることも行われます。具体例としては、引用文献(Ménard 2006など)をご覧ください。
CFD計算ほど精巧ではないですが、計算が比較的容易なものとして、マルチゾーン計算という方法もあります。この方法では、焼却施設を温度の異なるゾーンに分割し、ゾーン間のガス、液体、固体の移動を施設に合わせて設定することで実際の施設の中のものの動きを表した上で、最初のゾーンから最後のゾーンまで順番に熱力学平衡計算を行います。図3にマルチゾーン計算という言葉を最初に提案したGinsberg(2012)の計算を、当センターで再現したものを示します。計算方法に関するより詳しい解説は過去の環環の記事や、研究所の刊行物等をご覧ください。
以上のように、シミュレーションは、焼却・溶融炉の設計から、炉内における化学形態の推定など多様な用途に用いられています。シミュレーションは実際の焼却・溶融過程をいつでも再現できるというものではありませんが、燃焼試験やパイロット試験等と併せて利用することで、燃焼現象の把握や焼却施設の設計、焼却残渣の利用法の開発などに役立てることができると期待されます。
<もっと専門的に知りたい人は>
- Mojtahedi, W.; Larjava, K. (1987) Fate of some trace elements in combustion and gasification processes. In Proceedings of the Second European Conference on Environmental Technology; Martius Nijhof: Dordrecht, The Nerherlands, pp.323-333.
- Linak, P.W.; Wendt, J.O.L. (1993) Prog.Energ.Combust.Sci. 19, pp.145-185.
- Ménard, Y.; Asthana, A.; Patisson, F.; Sessiecq, P.; Ablitzer, D. (2006) Proc. Safety Environ. Protect. 84, 290-296.
- Ginsberg, T.; Liebig,D.; Modigell, M.; Sundermann, B. (2012) Proc. Safety and Environ. Protect. 90, 38-44.
<関連する調査・研究>