臭素化ダイオキシン類は、いわゆるダイオキシン類である塩素化ダイオキシン類と類似した化学構造であるため、同様の毒性や性質を示すと考えられています(「ダイオキシン類の毒性の強さを表す~毒性等価係数~」参考)。世界保健機構(WHO)と国連環境計画(UNEP)の専門家会合は、残留性有機汚染物質(POPs)(「POPs条約におけるPBDEsの位置づけ」、「最近のPOPs動向」参考)として国内外で規制されているダイオキシン類と同様に、臭素化ダイオキシン類によるリスクを管理することの重要性を指摘しました1)。国内では、ダイオキシン対策特別措置法(以下、特措法)の附則2条に基づき、環境省が臭素化ダイオキシン類の排出実態調査2)を継続しており、重要排出源の把握を継続しながら排出量目録(排出インベントリー)の整備に役立てています。
臭素化ダイオキシン類は、家電製品や防炎カーテン、自動車や航空機の内装等の臭素系難燃剤含有製品のライフサイクル(製造、使用、廃棄、再資源化)を通じて生じる物質であり、デカブロモジフェニルエーテル(デカBDE)等の臭素系難燃剤に不純物として含まれることや、臭素系難燃剤の燃焼によって生成することがよく知られています。難燃剤は、プラスチックや繊維等の燃えやすい材料を燃え難くするために広く使用されており、発火や延焼を防ぎ火災による死亡リスクを減らすことに役立つ化学物質です(「難燃剤」参考)。そのため、難燃剤含有製品は普段の生活に欠かせないものとなっています。環境省の取りまとめによると、2015年の国内における有機系難燃剤の年間使用量は、臭素系難燃剤で41,250トン、塩素系難燃剤で4,600トン、リン系難燃剤で28,000トンとなっており、2013年からほぼ横ばいで臭素系難燃剤の使用量が高い状況が続いています。従って、臭素化ダイオキシン類は、少なくとも臭素系難燃剤含有製品のライフサイクルを通じて、今後も継続して排出されます。
国内では、前出の排出実態等調査2)によって、臭素系難燃剤を取扱う難燃繊維加工施設や臭素系難燃剤含有製品の再資源化工場の排水や排出ガスから、ダイオキシン類の排出基準に相当する値を大きく超える臭素化ダイオキシン類が検出されています。これを受けて環境省は、特に排水や排出ガスに着目して重要な排出源を見極めるための排出実態等調査を継続している状況にあります。国内外の臭素化ダイオキシン類の排出実態等調査は、基本的にガスクロマトグラフ高分解能質量分析計(GC-HRMS)法で行われています。GC-HRMS法による調査は、汚染源を推定するために必要な化学分析データが得られる半面、高額な分析費用と長い分析時間の制約のため調査規模が限られているのが現状です。また、UNEP/WHO専門家会合の見解を受け、将来的にPOPs条約や特措法において臭素化ダイオキシン類が適正管理される場合、塩素化ダイオキシン類と共に調査されることになります。その場合、GC-HRMS法では、塩素化ダイオキシン類と臭素化ダイオキシン類をそれぞれ分析する必要があり、これまで以上に分析費用や時間がかかると考えられます。従って、費用対効果の高いモニタリング調査態勢の確立は、臭素化ダイオキシン類の適正管理を支援するために必要です。
資源循環・廃棄物研究センター(循環センター)では、生物検定法3)を応用して、費用対効果の高い臭素化ダイオキシン類汚染試料を判別する測定法を確立して、排出実態等調査への利用可能性を評価しました。生物検定法は、環境省がGC-HRMS法による塩素化ダイオキシン類分析の難点(高額な分析費用、長い分析時間等(「生物試料のダイオキシン分析の実際-「分ける」処理を中心に」参考))を補うために2004年11月に特措法に追加した簡易測定公定法です。
はじめに、様々な種類がある生物検定法の中から、臭素化ダイオキシン類を検出する有効な測定法を選びました。塩素化ダイオキシン類の毒性作用は、細胞質内に存在するアリルハイドロカーボン受容体(AhR)を介した遺伝子発現に起因すると考えられています。生物検定法のうち、塩素化ダイオキシン類のAhRへの結合に応じた遺伝子発現を評価する「Ahレセプターバインディングアッセイ法」は、測定原理を考慮すると臭素化ダイオキシン類検出ツールになりえます。そこで、「Ahレセプターバインディングアッセイ法」に分類される生物検定法(遺伝子組換え哺乳類細胞を用いるレポーター遺伝子アッセイ法)を対象として、検出ツールとしての妥当性を評価したところ、塩素化ダイオキシン類と同様に臭素化ダイオキシン類を検出できることがわかりました。
次に、生物検定法で臭素化ダイオキシン類を測定するための前処理法の開発を行いました。臭素化ダイオキシン類の分析では、採取した試料から油に溶けやすい性質の有機物を総じて抽出し、抽出液を精製・分画して最終分析溶液を調製していますが、この一連の操作のことを前処理と呼んでいます。現行の生物検定法の前処理は、塩素化ダイオキシン類と臭素化ダイオキシン類を区別せずに合算して評価するものとなっており、排出基準等の管理基準を超過した試料について構成内訳(塩素化ダイオキシン類と臭素化ダイオキシン類の寄与割合等)を把握できない難点がありました。そこで、簡易な精製用と分画用の55%硫酸シリカゲルカラム(精製カラム)と10%硝酸銀シリカゲルカラム(分画カラム)を開発しました。精製カラム処理では、カラム内で強酸処理を行い、酸分解性の夾雑物を除去して、分解しないで残る塩素化ダイオキシン類と臭素化ダイオキシン類を選択的に分取します。分画カラム処理では、硝酸銀を利用して、塩素化ダイオキシン類と臭素化ダイオキシン類を分けて分取します。この新しい前処理法と生物検定法を組み合わせたものを、臭素化ダイオキシン類スクリーニング法としました。
最後に、廃棄物や環境試料を用いて臭素化ダイオキシン類スクリーニング法の妥当性を評価しました。評価では、前出の排出等実態調査を意識して廃棄物焼却炉の排出ガス、ばいじん及び燃え殻、排水、表層土壌、河川堆積物、建屋内空気とハウスダストを対象として、GC-HRMS法で濃度を測定している試料24検体(濃度既知試料)と測定していない試料341検体(濃度未知試料)を使用しました。GC-HRMS法と生物検定法の測定値を比較する濃度既知試料の評価では、精製カラムで処理した抽出液で塩素化ダイオキシン類と臭素化ダイオキシン類で汚染された試料を簡易に判別できること、分画カラムで処理した抽出液で両者の構成内訳を把握できることが確認できました。由来や履歴の異なる濃度未知試料の評価では、臭素系難燃剤含有製品のライフサイクルにおいて、臭素化ダイオキシン類の高濃度排出事例が存在することが示されました。具体的には、電子機器製造業の小型焼却炉の排出ガスや難燃製品加工工場の排出水、一般家庭や消防法適用施設で採取したハウスダスト、廃棄物焼却炉の排出ガス、ばいじん及び燃え殻、廃電子機器解体処理地域で採取した表層土壌や河川堆積物といった媒体で、臭素化ダイオキシン類が検出されています。得られた結果は、これまでの排出実態等調査結果2)と矛盾せず、臭素系難燃剤含有製品のライフサイクルに着目した環境省による排出実態調査の方針を支持しています。
循環センターでは、臭素化ダイオキシン類スクリーニング法とGC-HRMS等の機器分析法を併用して、臭素化ダイオキシン類の排出実態等調査を支援する研究に着手しました。国内で使用されてきた臭素系難燃剤のうち、ヘキサブロシクロドデカン(HBCD)は2012年10月にPOPs条約に追加され、その製造や使用が原則的に禁止されました(「減る、替わる、増える難燃剤」)。デカBDEについても、POPs条約に2017年5月に追加されることが決まり、自動車及び航空機用の特定の交換部品を適用除外として、その製造や使用が禁止される予定です。これに伴って、臭素化ダイオキシン類の重要排出源や排出量も変化すると考えられます。今後の研究を通じて、臭素化ダイオキシン類の適正管理に貢献できればと思います。また、臭素系難燃剤を含む廃電子機器や廃自動車等の不適切な処理や資源化処理は世界の社会問題になっており(「E-wasteリサイクルに伴う有害化学物質のゆくえ」参考)、当該スクリーニング法はこれら地域にも利用可能と考えています。
<もっと専門的に知りたい人は>
- 1) Suzuki, G., Nakamura, M., Michinaka, C., Tue, N.M., Handa, H., Takigami, H. Dioxin-like activity of brominated dioxins as individual compounds or mixtures in in vitro reporter gene assays with rat and mouse hepatoma cell lines. Toxicology in Vitro, (受理)
- 2) Suzuki, G., Nakamura, M., Michinaka, C., Tue, N.M., Handa, H., Takigami, H. Separate screening of brominated and chlorinated dioxins in field samples using in vitro reporter gene assays with rat and mouse hepatoma cell lines. Analytica Chimica Acta, 975, 86-95, 2017.
<引用文献>
- 1) van den Berg, M., Denison, M.S., Birnbaum, L.S., Devito, M.J., Fiedler, H., Falandysz, J., Rose, M., Schrenk, D., Safe, S., Tohyama, C., Tritscher, A., Tysklind, M., Peterson, R.E. Polybrominated dibenzo-p-dioxins, dibenzofurans, and biphenyls: inclusion in the toxicity equivalency factor concept for dioxin-like compounds. Toxicological Science, 133(2), 197-208, 2013.
- 2) 環境省水・大気環境局総務課ダイオキシン対策室, 臭素系ダイオキシン類排出実態等調査結果報告書, 平成13年度~平成27年度.
- 3) 環境省水・大気環境局総務課ダイオキシン対策室, 排出ガス、ばいじん及び燃え殻のダイオキシン類に係る簡易測定法マニュアル(生物検定法), 平成22年
<関連する調査・研究>
【第4期中期計画】
- 基盤的な調査・研究
3:資源循環と物質管理に必要な各種基盤技術の開発と調査研究- 資源循環研究プログラム 2
- 安全確保研究プログラム 2