各国から排出される温室効果ガス(GHGs)の排出量について、年間の排出(または吸収)源ごとに、その量を算定したものをGHGs排出インベントリとよびます。日本を含む「附属書I国(先進国を中心として、気候変動枠組条約において排出量削減や年次報告など様々な義務を負う」はインベントリを毎年作成し、国連に報告することが義務づけられています。それ以外の国は、これまでは国別報告書(NC) を数年ごとに作成すればよかったのですが、2014年からは各国のGHGsの排出量、緩和・適応政策や支援の進捗状況を含む隔年更新報告書(BUR)の提出が必要となっています。現在、アジアの附属書I国は日本だけで、それ以外のアジア諸国のGHGsインベントリは充分整備されておらず、まさに発展途上の段階です。それでも、国際的に公表されることを前提に算定されたインベントリを読み込むと、各国が国を豊かにするために費やしてきた努力が垣間見えます。
アジア各国からのGHGs排出量のうち、ほとんどの国ではエネルギー分野(化石燃料の燃焼や燃料採掘・精製時の漏れに伴う排出源)からの排出量が多くを占めています(図1)。しかしカンボジアやインドネシアでは、森林面積の減少など、土地利用方法の改変分野に大規模な排出量増大要因が存在し、その分、他の排出分野の割合が小さくなっています。バングラデシュも同様の傾向で、国の産業構造が、一次産業に強く依存している段階では、開発に伴う国土の自然価値の変化がGHGs排出量に強く影響することが伺えます。一方で、二次産業の発展と、それに伴う生活様式の変化は、エネルギー分野と廃棄物分野からの排出量の双方に影響します。廃棄物分野からのGHGs排出量の総排出量に占める割合は国によって大きく異なります。これは、エネルギー消費の増加と廃棄物の増加のインパクトが、それぞれの国の産業構造や生活様式に依存するからです。
インベントリにて「廃棄物分野」として算定されるGHGsの種類とその排出源としては、廃棄物の投棄・埋立で発生するメタン、廃棄物の焼却・野焼きで発生する二酸化炭素、生活廃水・産業廃水由来のメタンと亜酸化窒素、が挙げられます。
インドネシアでは産業廃水由来のメタンが廃棄物分野のGHGs排出の大半を占めています(図2)。これは主に紙・パルプ製造業によるもので、廃棄物分野でのGHGs排出量への寄与と、森林の減少(土地利用変化)の双方から、同国の重要な基幹産業であることがインベントリ上に図らずも示されています。バングラデシュやベトナムでは、生活廃水・し尿由来のGHGsの排出割合が高いですが、マレーシア、スリランカ、フィリピンでは投棄地・埋立地からの排出割合が高くなっています。人口増加に応じて、生活廃水由来のGHGs排出量は単純に増加しますが、埋立地についてはごみの回収量が増加しないとGHGs排出量は増加しません。単純に空き地にごみを投棄するよりも、衛生的に配慮した埋め立てをする方が投棄地・埋立地からのGHGs排出量は増加します。つまり、ある一定レベルまでは、ごみ収集の徹底や埋め立て方法を改善することで廃棄物からのGHGsの排出量が増加してしまうことになります。
多くのアジアの国々にとって、NCを提出したのはまだ一回かせいぜい二回で、インベントリの精度には改善の余地があります。インドネシアは、ごみの野焼き(焼失)による二酸化炭素の排出量を算定していますが、同様の実態がみられる他の国では、ごみ焼失量が不明であるとの理由で算定していません。また、し尿・生活廃水由来の亜酸化窒素を計上せず、実情とはかけ離れた大量の窒素肥料が農地還元されたことになっている国もあります。従って、インベントリに計上されている排出源だけで各国の現状が正しく判断できるという状況ではありません。
一方、BURの提出に向けて、アジアの国々にもGHGs削減のための対策と効果を検証する必要が生じています。GHGs排出インベントリは産業や生活の実態を示す統計としての重要性も高まっており、各国の改善の取り組みをアジア唯一の附属書I国である日本がサポートしています。
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