皆さんは耐火物というものをご存知ですか。読んで字の如く、「火に耐える物=耐火物」です。耐火物は一般的に骨材(石や砂)とマトリックス(元は粘土のように非常に細かい粒子で耐火物を形作る母材)から作られており、Al2O3、SiO2およびMgOの酸化物などが多く用いられます(2012年12月号豆知識「耐火物の化学組成」参照 )。皆さんが住んでいる家の壁はコンクリートや木で出来ていると思いますが、廃棄物を燃やす焼却炉の壁には、耐火物が敷き詰められています(写真1)。わたしたちが普段の生活をしている上で、耐火物そのものを見る機会はありませんが、実は廃棄物処理において非常に重要な役割を果たしています。
日本の一般廃棄物処理は、焼却が約80%を占めている事から、日本の廃棄物処理の中心的な技術は、焼却処理であると言えます。したがって、焼却処理を安定して連続的に行うことは、日本の一般廃棄物処理にとって必要不可欠であると思われますが、それを支えているのが耐火物なのです。
焼却施設で処理される廃棄物の性状は様々で、近年廃棄物の高カロリー化が進んでいます1)。焼却施設内での廃棄物の燃焼温度は一般的に900℃付近ですが、焼却処理と同様に耐火物が用いられる溶融処理(溶融対象物を高温条件下で加熱し、有機物は燃焼・ガス化させ、無機物は冷却しスラグとして回収する技術)では1300℃付近で廃棄物が処理されています。このような過酷な状態に耐えて、安定した連続的な廃棄物焼却処理を可能にするために、耐火物は極めて重要な役割を果たしているのです
耐火物の多くは使用していく中で、廃棄物の流れにそって削り取られるように損傷します(写真2)。そして、損傷がひどくなり運転に支障をきたすようになる前に、オーバーホールと呼ばれる作業の中で、耐火物は交換されます。ある溶融処理施設では、損傷が激しい部分で、1~2週間毎に耐火物を取り替えたケースがありました。これでは、耐火物を交換するために、頻繁に施設の運転を停止する必要が出てしまい、廃棄物の処理が滞ってしまいます。現在では、ある種類の金属酸化物(Cr2O3など)を配合することにより耐久性に優れた耐火物が開発された事でこのようなケースは減っています。耐火物の損傷具合も施設内の各所で異なりますので、損傷の程度に応じて適切な耐火物を使用していく事が、廃棄物の処理をスムーズに進める事につながっています。
廃棄物の処理に密接に関わる耐火物ですが、一方で使用上の課題もあります。耐火物が使用される焼却施設では、多種多様な廃棄物が処理されます。その中には、当然有害なものも含まれていますが、そのような有害物質が耐火物の中に溜まってしまうのです。また、もともと耐火物に含まれている化学成分と廃棄物の成分が反応し、有害物質を作る場合もあります。
耐火物の中に生成する可能性のある有害物質の例として、六価クロムが挙げられます。六価クロムは「人に対して発がん性のある物質」と言われており、EUではRoHS指令(2006年7月に施行された電子・電気機器における特定有害物質(鉛、水銀、カドミウムなど6種類)の使用制限についてのEUによる指令)の特定有害物質に指定されています。六価クロムは、耐火物に含まれる三価クロム(三価クロムは有害とみなされていません)と廃棄物の成分が反応して生成することが明らかとなっています2)。実際に溶融スラグから土壌環境基準値を超える六価クロムが検出される例もあり3)、耐火物に生成した六価クロムの移行が心配されていますが、現時点で移行メカニズムなど耐火物の与える影響は解明されていません。しかし、溶融スラグに発がん性のある六価クロムが含まれると資源化に悪影響を与えるため、早急なメカニズムの解明が必要と思われます。耐火物にクロムが含まれるのは耐久性を向上させるためですが、廃棄物の処理を良くするための開発が、このように新しい問題を生んでしまっているのです。
現在では六価クロムについて、高耐食性を確保しつつ耐火物に含まれる三価クロムの量を減らしたり、三価クロムを含まないクロムフリー耐火物を使用するといった対策が取られています。
六価クロムの問題をはじめとして、廃棄物としての耐火物の課題も様々残されていますが、これらの問題を解決するために、日々材料開発が進められています。わたしたちが日常生活で出す廃棄物を処理するため、陰ながら支えてくれている存在として耐火物があることを少しでも理解してもらえればと思います。