循環・廃棄物の基礎講座
2012年3月号

「負の遺産」の適正処理

山本 貴士

「負の遺産」とは

私たちは、健康で文化的な生活を送るために様々な物質を開発・製造し、使用してきました。しかし、そのような物質は私たちにとって有用な性質のみを持つわけではありません。例えば、ポリ塩化ビフェニル(PCB)は熱や酸・アルカリに安定であり、電気を通さない長所を活かして、熱媒体やトランス及びコンデンサの絶縁油等として使用されましたが、環境汚染や健康被害を引き起こしたため、1972年に製造や新規の使用が禁止されました。しかし、その後適切な処理方法が決まらなかったことから、PCBを含む廃棄物は長期間使用者の元で保管されている状態にありました。このように、過去にその有用性から製造・使用されたものの、後に有害性が明らかとなり使用が禁止され、将来の適切な処理待っている状態にある物質を「負の遺産」と呼ぶことがあります。「負の遺産」は有害性が高いことから、適切に管理された状態での保管や処理が求められます。PCBに関して言えば、PCB廃棄物処理特別措置法が2001年に施行され、2016年までの期限内にPCB廃棄物の処理を完了することとされています(法律施行後10年が経過し、現在国の検討委員会で処理の現状把握や今後の処理推進策などを検討しています)。

資源循環・廃棄物研究センターでは、過去にはPCBの処理技術に関する研究を実施しており、現在は「負の遺産対策・難循環物質に係る処理技術及び計測手法の開発・評価」において、廃残留性有機汚染物質(廃POPs) 廃石綿(アスベスト) といった負の遺産の適切な管理や適正処理に関する研究を継続して実施しています。

「負の遺産」の処理技術

残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約) では、POPsの製造・使用の原則禁止、ストックパイル(在庫) の適正な管理、廃棄物の適正な処分等を規定しています。POPs条約の対象物質である22物質(群)のうち、アルドリン、クロルデン、ディルドリン、エンドリン、ヘプタクロル、DDT及びBHC(HCH)の9物質(以下、「POPs廃農薬」)は、過去に日本国内で農薬として使用されていましたが、現在では使用されておらず、一部は地中に埋設処分されました。しかし、埋設処分はPOPs廃農薬の適正な処分方法とは言えないことから、これらを掘削し、分解による無害化処理が進められています。分解処理は環境省の「POPs廃農薬の処理に関する技術的留意事項」に基づいて実施されます。この中では、分解処理方法の満たすべき要件として、分解率((1-(総排出量÷投入量))×100)が99.999%を達成していることや、分解処理後の残渣中のPOPs廃農薬濃度及びダイオキシン類濃度が排出目標を超えないことを規定しており、具体的な方法としては、約1000℃以上での焼却、BCD法(水素供与体、炭素系触媒アルカリを加え、窒素雰囲気下で加熱して脱塩素化分解する)、金属ナトリウム分散体法(金属ナトリウム微粒子を油中に分散させたもので脱塩素化分解する)、水熱分解法(高温・高圧下の亜臨界状態にある水中で酸化的分解する)等 を挙げています。また、実際の処理を行う前に処理施設において上記の分解率と排出目標を達成できるか確認試験を実施すること、実処理時に達成すべき分解率と排出目標と達成状況の確認の頻度、処理施設の構造や維持管理についても規定しています。

パーフルオロオクタン酸(PFOS)の処理技術の開発

POPs条約の対象となる物質には、POPs廃農薬やPCBの他、パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)があります。PFOSは泡消化剤や写真感光材料、半導体用途に使用されている物質ですが、2001年になって野生生物にPFOSが高濃度で蓄積していることが明らかとなり、一部のメーカーは自主的に製造を中止しました。 その後、2009年5月のPOPs条約第4回締約国会議で規制対象物質に追加されました。

PFOSを含む廃棄物についても、他のPOPs廃棄物と同様に適正な処分が求められます。そこで、資源循環・廃棄物研究センターでは、PFOS廃棄物の処理技術に関する検討として、熱処理プラントにおいて燃焼実験を行いました。燃焼実験は、ごみ固形燃料(RDF)のみのケース、RDFにPFOSに構造が類似しているパーフルオロオクタン酸(PFOA)を1%になるように添加したケース、RDFにPFOSを1%となるように添加したケースについて行い、それぞれ燃焼温度を約840℃とし、燃焼中に排ガス、燃焼後に分解残渣と飛灰を採取してPFOS、ダイオキシン類、フッ化ベンゼン類、フッ化フェノール類、フロン類(排ガスのみ)、全フッ素(無機、有機)を分析し、PFOSが焼却によって完全に分解するか、またその際に有害な副成生物が発生しないかを確認しました。その結果、PFOSはいずれのケースにおいても一次燃焼炉での燃焼でほとんどが分解し(図)、RDFにPFOSを1%となるように添加したケースでの分解率は99.9999%以上となり、約840℃の燃焼で完全に分解することが分かりました。ダイオキシン類はいずれのケースにおいても規制基準値(排ガス0.1ng-TEQ/m3、分解残渣及び飛灰3ng-TEQ/g)を下回りました。また、フッ化ベンゼン類、フッ化フェノール類、フロン類はいずれのケースにおいても検出されませんでした。PFOSのようなフッ素を含む物質の焼却処理においては、毒性の強いフッ化水素の発生も懸念されますが、排ガス中の無機フッ素の濃度は不検出(0.06mg/m3未満)~0.6mg/m3であり、大気汚染防止法のアルミニウム精錬炉(フッ化水素の排出源のひとつ)に対するフッ化水素の排出基準(1mg/m3)よりも低い値であったことから、このような有害物質の排出に関しても燃焼処理は十分満足する結果を与えることが分かりました。

以上の燃焼実験や実規模施設での焼却処理実験の結果を踏まえて、環境省がまとめた「PFOS含有廃棄物の処理に関する技術的留意事項」では、分解処理方法の満たすべき要件として、分解率が99.999%以上であること、分解処理後の排水や残渣中のPFOS濃度及び排ガスや排水中のフッ化水素濃度が排出目標を超えないことを規定しており、具体的な方法として、約850℃以上での焼却を挙げています。また、実際の処理を行う前に処理施設において上記の分解率と排出目標を達成できるか確認試験を実施すること、実処理時に達成すべき分解率と排出目標と達成状況の確認の頻度、処理施設の構造や維持管理についても規定しています。

図 処理対象物及び排ガスにおけるPFOSの総量 図 処理対象物及び排ガスにおけるPFOSの総量

おわりに

負の遺産の処理が迅速に行われることで、負の遺産の長期保管に伴う紛失や漏えいの危険性が少なくなります。ただし、実際の処理においては、健康被害や環境汚染につながるおそれがあるため、対象物が完全に分解したことや周辺に排出がないことの確認は慎重に行わなくてはなりません。こうした処理のスピード感と完全さのバランスが、適正処理に求められていることなのです。

<もっと専門的に知りたい人は>
  1. 「POPs廃農薬の処理に関する技術的留意事項」(環境省廃棄物・リサイクル対策部)「PFOS含有廃棄物の処理に関する技術的留意事項」(環境省廃棄物・リサイクル対策部)
  2. 「PFOS含有廃棄物の処理に関する技術的留意事項」(環境省廃棄物・リサイクル対策部)
<関連する調査・研究>
  1. 政策対応型廃棄物管理研究4
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