今回は、廃木材とそれに含まれる残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants: POPs)の話をしたいと思います。古来美林を誇る日本では、多くの木造建築物が建てられてきました。日本最古の木造建築物は法隆寺だそうで、建立以来約1300年が経過しているとのことです。しかし、日本の風土は高温多湿ですから、何も対策をとらなければ、木造建築物(特に家屋土台)はシロアリや腐朽菌により劣化してしまいます。そんな訳で、昔から家屋土台には殺虫剤(防蟻剤)や防腐剤が使用されてきました。私の若かった頃は、シロアリ駆除業者のテレビCMが何度も放送されていたように記憶しています。代表的な防腐剤にはCCA(クロム・銅・ヒ素)系製剤やペンタクロロフェノール(PCP)があり、防蟻剤にはポリ塩化ナフタレン(PCN)やクロルデンなどがありました。どれもヒトや環境に対する有害性が高いものでしたから、現在ではより有害性の低い薬剤への代替が進んでいますが、POPsであるPCPやPCN、クロルデンは容易には分解しないため、過去に防腐剤や防蟻剤が使用された木材に残っているおそれがあります。
皆さんは、木造建築物や木製電柱(最近では見かけることが少なくなりましたが)が解体されたらどうなるかご存じでしょうか。解体を含め建設工事により発生する廃棄物(建設廃棄物)は、「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律」(建設リサイクル法)によりリサイクルが義務づけられています。平成30年度の国土交通省の調査によると、廃木材(建設発生木材)のリサイクル率は91.7%と、ほとんどが資源として活用されています[文献1]。また、平成30年度の農林水産省の調査では、102万トンの解体材・廃材(原材料全体の17.9%)が、木質チップ原料(製紙パルプや集成材、バイオマス燃料の原材料)として使用されています[文献2]。もしPOPsが残っている廃木材が木質チップの原材料に混入したなら、再生紙や集成材から作られた家具が汚染されるかも知れません。POPsを含む廃棄物の管理については、POPsごとに決められた濃度(Low POP Content: LPCと言います)を超える場合には、リサイクルせずに適正処理する(例えば高温焼却)ことが定められています。PCNのLPCは廃棄物1キログラム当たり10ミリグラム(以下、これを10 mg/kgと書きます)、クロルデンのLPCは50 mg/kg、PCPのLPCは100 mg/kgです。これらの濃度を超えた廃木材はリサイクルできません。
このような経緯から、私たちは、廃木材やそれから作った木質チップなどに含まれるPOPsの濃度を調査しました。
私たちは、2016年から2017年にかけて、国内7ヶ所の廃木材リサイクル施設から木質チップ42試料を集めました(写真1、2)。このうち、廃木材から作られたものは38試料、生木から作られたものは4試料でした。この他に、関東で購入したパーチクルボード3試料、関東で解体された家屋土台7試料、九州で解体された家屋土台8試料と柱40試料なども集めました。PCNについては国立環境研究所で、クロルデン類やPCP、ペンタクロロアニソール(PCA、PCPのメチルエステル)については佐賀大学で分析を行いました。
木質チップやパーチクルボードなど、リサイクル品に含まれるPOPs濃度は、最も高いものでクロルデン類が0.86 mg/kg、PCPが3.0 mg/kg、PCAが1.1 mg/kg、PCNが2.6 mg/kgでした(図1)。LPCが最小のPCNでも、今回の調査で検出された最高濃度とLPCとの間に約4倍の開きがありますから、リサイクル品のPOPs濃度がLPCを超えることはほぼ無いと思われます。また、木質チップの原材料とPOPs濃度との関係について調べたところ、原材料が生木であるもの(図1でThinningと書かれたもの)より廃木材であるものが明らかに高濃度であり、廃木材の混入により木質チップのPOPs濃度が上がっていることが分かります。また、一部施設の木質チップ(図1でFやGと書かれたもの)でPOPs濃度が高い傾向にありました。
次に、廃木材(家屋土台や柱)に含まれるそれぞれのPOP濃度は、最も高いものでクロルデン類が15 mg/kg、PCPが0.20 mg/kg、PCAが0.043 mg/kg、PCNsが0.036 mg/kgでした(図2)。これらの濃度は、クロルデン類の一部を除きLPCよりもはるかに低い値でした。私たちは、廃木材由来の木質チップのPOPs濃度が高かったことから、廃木材にも当然高濃度のPOPsが残っていると予想して調査をしたのですが、廃木材のPOPs濃度は意外にもそれほど高くはありませんでした。廃木材のPOPs濃度が低かった理由として、過去に使用された防腐剤や防蟻剤のPOPsが長期間環境中にあったことにより分解したり、降雨により木材から溶け出したためと考えています。
このように、廃木材やそのリサイクル品である木質チップ、パーチクルボードのどれからも、LPCを超える濃度のPOPsは検出されませんでした。過去に防腐剤や防蟻剤として使用されたPOPsに限って言えば、廃木材を製紙パルプや木製品の原材料としてリサイクル(マテリアルリサイクル)することの妨げにはならないと言えるでしょう。しかし、廃木材にはCCA系製剤などPOPs以外の防腐剤・防蟻剤が残っているおそれもあり、これらについても十分な調査・検証が必要です。
<参考文献>
- [1] 国土交通省:平成30年度建設副産物実態調査結果、https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/recycle/d02status/ d0201/page_020101census.htm (2020年9月25日閲覧)。
- [2] 農林水産省:木材統計調査 https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/mokuzai/ (2020年9月25日閲覧)。
<もっと専門的に知りたい人は>
- Koyano S., Ueno D., Yamamoto T., Kajiwara N. (2018) Concentrations of POPs based wood preservatives in waste timber from demolished buildings and its recycled products in Japan. Waste Management, 85, 445 - 451.
- 梶原夏子、環境研究総合推進費補助金 総合研究報告書「新規POPsを含有する廃棄物の環境上適正な管理に関する研究(3K163005)」、2019年5月。
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3:資源循環と物質管理に必要な各種基盤技術の開発と調査研究