循環・廃棄物のけんきゅう
2019年11月号

続・東南アジアにおける排水処理装置の性能評価

蛯江 美孝

生活排水を処理する装置の性能(東南アジアでの課題)

以前の記事で、東南アジアで生活排水の適切な処理を進めるためには、処理装置の性能評価が重要であることをご紹介しました(東南アジアにおける排水処理装置の性能評価、2016年11月号)。今回は、その後の状況についてご紹介したいと思います。

おさらいですが、日本には、生活排水を処理する装置として、浄化槽と呼ばれる装置があります(排水を毎日きれいにする小さな装置、2007年3月5日号)。浄化槽メーカーは製品を販売する前に第三者による試験・評価を受ける必要があり、合格した製品だけが市場で販売される仕組みになっています。このような性能評価という仕組みがあるため、消費者は安心して浄化槽を購入することができますし、メーカーも自信を持ってその性能を表示できます。浄化槽を活用した環境政策を進めようとする行政も安心です。しかしながら、多くの東南アジア諸国では浄化槽の性能評価の仕組みがなく、販売されている製品の処理性能を適正かつ公平に判断する方法がありません。このため、メーカーとしては、性能の良くない粗悪な製品を安価に製造した方が得をすることになってしまい、性能の良い丈夫な製品を製造・販売しようとするメーカーが育ちにくい状況にあります。

インドネシア版の試験方法の作成

そこで資源循環・廃棄物研究センターでは、排水処理装置の性能を評価する仕組みや試験方法の確立、関連制度の構築を目指して、インドネシアにおいて、バンドン工科大学と協力して、現地メーカーを含む産官学のネットワークを構築し、議論を進めてきました。また、インドネシアのいくつかの家庭で1時間毎の排水量の調査をさせて頂くことで、朝昼晩の排水量の変化を把握しました。調査の結果から、インドネシアでは日本と同様に朝晩2回の排水量のピークがあること、一般的に浴槽を使わないため、風呂水の排水による大きなピークがないこと、イスラム教では日の出前にお祈りがあるため、朝の流入開始時刻が日本よりも2~3時間早いこと、1日のうちで排水が流れてくる時間が長いこと、などがわかりました。これらのインドネシアに特徴的な状況を試験条件として設定することで、同国に適した試験方法を検討していきました。

インドネシアの家庭での排水量調査の様子
(左:排水管の末端に設置したタンク、右:排水升に設置したポンプ)

また、試験は1日で終わるものでは無く、長い期間をかけて性能を確認していく必要があります。これは、排水処理が主に微生物の働きを活用しているため、安定性を確認したり、季節変化の影響を確認したりする必要があるためです。また、排水を処理すると微生物が増えて、次第に処理槽の中に蓄積していきますが、この状況も確認しておく必要があります。日本では、四季があることも踏まえ、約1年(48週間)の試験が行われています(温度を制御できる実験室で夏季・冬季を再現して短期で試験を行う方法もありますが、ここでは割愛します)。

一方、赤道付近に位置しているインドネシアは一年中高温で安定しているので、日本のように四季を考慮する必要はなく、また高温であるために微生物の活性が高く、試験も短くできると考えられます。そこで、現地の有識者やメーカーの意見も踏まえ、16週間程度で試験を行うこととしました。これは、日本はもちろん欧米諸国と比べても短いですが、試験にかかるコストが高すぎると開発途上国では実施できないということも考慮しています。どこまで評価の正確性を求めるかということと、そこにかけるコストとのバランスの問題であり、関係者にとって常に悩ましい点です。

なお、生活排水の処理装置には汚れた排水が入ってきますので、その装置自体が十分な強度をもっていて、水漏れしないということは重要です。当たり前と思われるかもしれませんが、この装置を埋めた場所の上を車が通るかもしれませんし、10年、20年後に未処理の排水が漏れ出してしまっては困りますので、装置の物理的な強度と水密性(水漏れのないこと)をしっかりと確認しておく必要があります。これは、装置の製作に使われる素材や厚み、形状、作り方などが影響しますので、物理的な試験を行って装置の強度・水密性を確認することとしました。

こうして、関係者で議論しながら作ったインドネシア版性能評価試験方法は、現在、インドネシアの国家標準として提案され、手続きが進められています。

東南アジア全体への展開

これまで日本政府による途上国への支援方法の一つとして、日本の浄化槽を現地に設置して、その高い有効性を認識して貰うことで、相手国での普及を図るというものがありました。このような支援は一定の評価がなされているところですが、処理性能が高くて丈夫な排水処理装置が現地で持続的に普及していくためには、そういった適切な処理装置でないと設置できない仕組み・制度が必要です。今回の研究では、その部分に着目して、インドネシアで性能を評価するための試験方法を作成してきたところですが、これを、経済統合が進み地域内の貿易が活発になっている東南アジア全体に広げていくことで、さらにこの地域に貢献できると考えています。

例えば、国毎に別々の試験方法を採用していた場合、メーカーは、それぞれの国で試験を受ける必要があり、結果として、装置の価格が高くなってしまうかも知れません。逆に、地域で同一の試験方法を採用できれば、ある国で試験を受けた処理装置を別の国に輸出しようとする際に、輸出先でも同じ試験結果を提示して評価を受けることができるため、その分、装置の価格が安くなったり、許認可を得るための時間が短縮されたりすることが期待できます。これは既に欧州連合(EU)で実践されている考え方で、試験結果は同地域内のどの国でも使えるようにされています。もちろん、複数の国に適用可能な一つの標準的な試験方法を作ることは容易ではありません。しかし、生活排水処理の推進には処理装置の性能評価が大切であり、その試験方法を地域で標準化していくことは有用であると、東南アジア各国の関係者に十分に認識して頂くために、インドネシアでの事例をベースとして、是非、東南アジア全体に研究プロジェクトを展開していきたいと考えています。

そのような考えもあり、2018年には、東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟10ヶ国を対象として、日・ASEAN統合基金によるプロジェクト「ASEAN加盟国における分散型生活排水処理の統合的管理に向けたマルチステークホルダーネットワーク形成と政策対話」を開始しました(https://www.nies.go.jp/whatsnew/20180806/20180806.html)。これはインドネシアの公共事業・国民住宅省とともに進めるASEAN全体のプロジェクトで、当該地域の生活排水処理推進のための政策対話によるネットワーク形成、政策策定支援、人材育成等を行おうとするものです。また、国連の持続可能な開発目標(SDGs)やASEANの社会・文化面での戦略的目標・計画を記したACCSブループリント2025に示された環境面において持続可能な都市の実現という目標にも沿うもので、本プロジェクトの成果がASEAN加盟国の水環境や生活環境の向上へとつながることが期待されます。

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