循環・廃棄物のけんきゅう
2019年9月号

自動車シュレッダーダストに含まれる短鎖塩素化パラフィンの実態を調べる

松神 秀徳

はじめに

図1 短鎖塩素化パラフィンの分子構造の例(6塩素化で缶、C10H16Cl6)

塩素化パラフィンは、1930年代から現代まで、金属製品の潤滑油や加工油、塩化ビニル樹脂(塩ビ樹脂)や難燃性のゴムなどに添加される難燃剤(環環2014年2月号)や可塑剤、皮革製品の皮なめし剤として広く利用されてきた有機塩素化合物です。塩素化パラフィンは、鎖のように連なった炭素原子に水素原子と塩素原子を結合させた分子構造(図1)で、水素原子と塩素原子が結合する場所と数が異なる膨大な種類の分子の混合物です。炭素原子の数が10個から13個のものを「短鎖塩素化パラフィン」、14個から17個のものを「中鎖塩素化パラフィン」、18個から30個のものを「長鎖塩素化パラフィン」と呼びます。このうち、短鎖塩素化パラフィンについては、1980年代から世界中の研究者によって、環境中で分解しにくいこと、揮発して空気中に拡散したり河川や海に放出されたものが、大気や水の流れに乗って移動すること、生物の体内に蓄積しやすいこと、生物や環境に有害な影響を与える可能性があることなどを示す調査結果が報告されてきました。そして、2017年5月、残留性有機汚染物質(POPs)に関するストックホルム条約(POPs条約)で、ポリ塩化ビフェニル(PCB)や有機塩素系農薬のDDTと同じように、国際的に製造や使用を禁止するなどの環境規制が強化されることが決まりました1)。そこで私たちは、短鎖塩素化パラフィンを含む廃棄物を正しく保管して処理するための調査や研究に取り組んでいます。具体的には、様々な種類の廃棄物を対象に、どれぐらいの量の短鎖塩素化パラフィンが入っていて、これを保管したり処理したりするとどれぐらいの量の短鎖塩素化パラフィンが環境中に出ていくのか、といったことを調べています。特に、使用済みとなった自動車を工業用シュレッダーで破砕し、鉄やアルミ、銅などの金属をリサイクルした後に残った「自動車シュレッダーダスト」には、電線コードを覆う塩ビ樹脂や難燃性のゴム部品が数多く混ざっているため、短鎖塩素化パラフィンが含まれている可能性が考えられました。ここでは、自動車シュレッダーダストに含まれる短鎖塩素化パラフィンの含有量を調べた結果を紹介します。

自動車シュレッダーダストに含まれる短鎖塩素化パラフィンの測定方法

図2 サンプリング風景

自動車シュレッダーダストの処理施設では、自動車シュレッダーダストの中の鉄やアルミ、銅などの金属やプラスチックをリサイクルするために、風力、磁力、浮力を利用して、風で飛ばされたものと飛ばされなかったもの、磁石にくっついたものとくっつかなかったもの、液体に浮いたものと沈んだものに分別していました。そこで私たちは、次の①~⑥の分別物をサンプリングしました(図2)。①自動車シュレッダーダストに風を当てて飛ばされたウレタンフォームなどの軽量物。②:①で飛ばされなかったものに強風を当てて飛ばされたプラスチックなどの軽量物。③:②で飛ばされなかった混合物(鉄やアルミ、銅などの金属やプラスチックなど)。④:③に磁石を当ててくっつかなかったもので、水(比重1.0)に浮いた重いプラスチックなどの浮上物。⑤:④で沈んだもので、特殊な液体(比重1.6)に浮いた塩ビ樹脂やゴム部品などの浮上物。⑥:①+②+④+⑤を合わせて製造された廃プラスチックの固形化燃料。これらの分別物のサンプルを実験室に持ち帰って粉砕した後、アセトンとトルエンの溶媒を加えて有機化合物を抽出し、この抽出液中の短鎖塩素化パラフィンの濃度を精密に測定しました。

自動車シュレッダーダストに含まれる短鎖塩素化パラフィンについて得られた知見

①~⑥の自動車シュレッダーダスト分別物サンプル中の短鎖塩素化パラフィンの含有量は、1.7~7.7 mg/kgでした(図3)。この含有量は、POPs条約における分解処理を行うかどうかの暫定水準の提案値2)(100、もしくは10000 mg/kg)の少なくとも一桁以上低いことがわかりました。含有されていた短鎖塩素化パラフィンの組成(構成成分の割合)については、炭素原子の数が13個のもの(C13)が主成分でした(図4)。炭素原子の数が増加するにつれて、濃度が急激に高くなる傾向を示していたため、短鎖塩素化パラフィン以上に中鎖塩素化パラフィンが高濃度で含まれている可能性が予想されました。中鎖塩素化パラフィンの一部の成分については、短鎖塩素化パラフィンと同じように、環境中で分解しにくく、国境を越えて長距離を移動し、生物の体内に蓄積しやすい性質があるという報告があります3,4)。今後は、中鎖塩素化パラフィンもあわせて調べることが重要であることもわかりました。①~⑥の自動車シュレッダーダストのうち、短鎖塩素化パラフィンの濃度が比較的高かったものは、塩ビ樹脂製の被覆材や難燃性のゴムなどの比重が大きい部品が分離回収される浮上物でした。予想通り、塩ビ樹脂製の被覆材や難燃性ゴムを多く含む廃棄物は、短鎖塩素化パラフィンの含有量が比較的高い可能性があると考えられました。

図3 自動車シュレッダーダスト分別物サンプル中の短鎖塩素化パラフィンの含有量
図4 自動車シュレッダーダスト分別物サンプル中の短鎖塩素化パラフィンの構成成分の割合

今後の展望

私たちは、最終的に、短鎖塩素パラフィンを含む廃棄物を正しく保管して処理する方法の提案を目指しています。今回は、自動車シュレッダーダストに注目して調査を行いましたが、今後は、自動車シュレッダーダストの処理施設を対象に、電線コードを覆う塩ビ樹脂や難燃性のゴム部品など、短鎖塩素化パラフィンと中鎖塩素化パラフィンが高濃度で含まれている廃棄物を保管したり処理したりすることによって、どれぐらいの量が環境中に排出されるかを重点的に調査する予定です。引き続き、短鎖塩素化パラフィンなどの新規規制対象物質に関する実態把握を進め、廃棄物を正しく処理したりリサイクルしたりするために必要な情報を集めていきたいと考えています。