循環・廃棄物の豆知識
2021年9月号

マイクロプラスチックの“トロイの木馬”効果とは

田中 厚資

近年、プラスチックによる環境汚染が世界的な問題となっています。プラスチックが生物へ与える悪影響のひとつとして懸念されているのが、プラスチックを誤飲することによる有害な化学物質の取り込みです。

プラスチックには様々な化学物質が含まれていますが、特に高い濃度で含有されるのがプラスチックの機能を高めるために製造過程で添加される化学物質です。代表的なものとして、紫外線からの光劣化を防ぐために添加される「紫外線吸収剤」や燃えやすい素材を燃えにくくするために添加される「難燃剤」などがあります。添加剤はプラスチックに練り込まれており、プラスチックが海洋などに流出したあとも容易には溶け出しません。プラスチックが環境中などで劣化や波の作用によって小さな破片(特に5mm以下のものをマイクロプラスチックと呼びます)になったあとも、添加剤は内部に残っており、プラスチックとともに海を漂流していきます。しかし、こうしたプラスチックを生物が餌と間違うなどして誤飲すると、生物の消化管内で添加剤が溶け出し、体内に吸収されてしまうと考えられています。このような形で、プラスチックが生物への化学物質の運び屋として働くメカニズムのことを、ギリシャ神話のトロイ戦争で、兵士らを潜ませた木馬を敵陣に運びこませて陥落に導いた逸話になぞらえて、"トロイの木馬"効果と呼びます。

それでは、なぜプラスチックの内部に保持されていた添加剤が、生物の消化管に入ると溶け出してしまうのでしょうか。その理由として重要なのが、生物の消化管内に存在する、餌に由来する油や有機物、消化液由来の界面活性剤(洗剤のように、物質を水中に分散しやすくする成分)などです。これらの物質は添加剤を溶かしやすい性質をもつため、添加剤がプラスチックから溶け出す速度を高める効果があります。また、油などの成分の中には、プラスチックに浸み込むことで、プラスチック内部にある化学物質が表面へ向けて移動する速度を高める働きをするものがあるということもわかっています。加えて、鳥類や哺乳類においては、海水温などに比べて体温が高いことも添加剤の溶出を促進する要因となります。

このようなメカニズムが調べられてきてはいるものの、実際にどのような添加剤がどれくらい生物に運ばれ、吸収されているか、についてはまだあまりわかっていません。マイクロプラスチック中の添加剤の分析をはじめとした基礎的なデータの蓄積から、一段ずつ研究を積み重ねていくことで、この問題の全体像が明らかになると考えています。

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