
廃棄物系バイオマスからのメタンポテンシャルの予測
様々なバイオマス原料からのメタンポテンシャル予測式

バイオガス発電は、主に廃棄物系のバイオマスを原料として、嫌気性微生物群によるメタン発酵によって回収されるメタンを主成分とするバイオガスを利用してガスエンジン発電機を回す発電方法です。近年、この発電方法が再生可能エネルギーの固定価格買取制度(太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギー源で発電された電気を、国が定める固定価格で一定の期間、電気事業者に調達を義務づけるもの)の対象となりました。国内のバイオガス施設はヨーロッパ等の施設と比較して高コストであり、これまでは単独で持続可能な収益構造を確保することが難しい状況が存在しました。そのような背景の下で売電による収益の拡大に後押しされて、水分の含量が比較的大きいバイオマス(例えば生ごみや汚泥等)を原料とする独立採算の事業が生まれてきています。バイオガス発電事業では、主な収入源が廃棄物処理収入と上に挙げた制度による売電収入(数割~半分弱程度)です。その他にも、コジェネレーションで得た熱を従来の熱源の代替として利用したり、発酵残渣を液肥や堆肥の原料として有償で提供したりことで収入としている事業もあります。コストは受け入れる原料の量に応じて増大しますので、同量であってもできるだけメタンがたくさん生成する原料を使った方が、収益性は高くなります。そのような理由から、最近では新たな事業の計画時あるいは受入原料の拡大時に、原料単位量あたりからのメタン生成量(メタンポテンシャル)を実験的に測定する業務のニーズが現場では増えて来ています(著者にも依頼がありますし、受託実験する民間企業もあります)。メタンポテンシャルの測定は、温度管理された1ヶ月程度の実験を必要とすること、その間に複数回の分析作業を要すること、さらに新規事業者には入手が難しい高活性な植種微生物群が必要であることから、現場で容易にできることではありません。メタン発酵の数値モデル化は、主要な研究トピックのひとつですが、複雑な個々の微生物反応群を表現する精緻なモデルだけでなく、現場で有用なシンプルなモデルにも関心がもたれています。これまでに複数の研究者によって、机上計算によるメタンポテンシャルの予測式が提案・検証されてきました。それらの予測式は、上述のように手間のかかる実験的なメタンポテンシャル測定が困難な場合の代用法として役立ちます。本稿では、著者も使用している比較的精度がよい方法を紹介します。
(1) 組成式(実験式)を用いた予測
バイオマスのメタン発酵によるメタンへの変換は、やや大雑把な表現ですが、以下のような反応式で表すことができます。

ここで、CaHbOcNdは原料の有機分の組成式で、実務上有機分は一般的な指標である強熱減量(VS)と等価であると見なされます。強熱減量は、発酵原料の蒸発残留物を600℃程度の温度で加熱した際に揮散される物質を指します。下付きのa~dには原料に固有の数値が入ります。組成式が未知の原料は、CHNコーダー法などを使って実験的に決定した式(実験式)を使用する必要があります。例えば生ごみはC17H29O10NあるいはC13H21O7N、紙ごみはC266H434O210N、し尿汚泥はC7H12O4N、乳牛排泄物はC22H31O11N、下水汚泥はC10H19O3Nなどの実験式がこれまでに報告されています。このような組成式を用いて、理論的メタンポテンシャル(Theoretical Biochemical Methane Potential, ThBMP)は次のように算出されます。
![ThBMP=[a/2 + b/8 - c/4 - 3d/8]×22400 /12a + b + 16c + 14d × fD(ml/g VS)](img/201802_01b.gif)
ここで、fDは補正係数で、分解可能な有機物の割合、すなわち発酵による分解率です。この分解率も、未知である場合には実験的に特定する必要があります。例えば生ごみ・食品残渣は0.75~0.85、豚排泄物は0.45~0.55、乳牛排泄物は0.25~0.35、新聞紙は0.34、草本は0.55、剪定枝は0.25、下水汚泥は0.50などが報告されています。この計算結果ThBMPは、原料のVS1 gあたりから発生するメタンガスのmlを示しています。この予測法を用いる際には原料のVSと、組成式が未知の場合には原料の元素組成(CHON)の分析が必要です。fDに係る分解率はさまざまな論文等で原料ごとに明らかにされていますが、未知の場合には原料とメタン発酵菌を用いた培養実験を行うことでVSの分解率を測定する必要があります。
(2) 栄養素を用いた予測
炭水化物、タンパク質、脂質は食品の三大栄養素として周知されています。これらの栄養素はメタン発酵でメタンへと変換可能です。それぞれの平均的な組成式であるC6H10O5(炭水化物)、C5H7O2N(タンパク質)、C57H104O6(脂質)に基づいて(1)のThBMP算出式から計算されたメタンポテンシャル(それぞれ415、496、1014 ml/g VS)と、VSを1としてVS中に占めるそれぞれの栄養素の重量比を用いて、理論的メタンポテンシャルは次式でも算出できます。

この予測法を用いる場合には原料のVSと三大栄養素の重量比を知る必要があります。三大栄養素については、単一の食品が原料であれば食品標準成分表から数値を得ることが可能ですが、そうでなければ分析によって炭水化物、タンパク質、脂質の比率を明らかにする必要があります。fDは上の予測法と同様で論文等の文献値か培養実験で特定します。
(3) 酸素要求量を用いた予測
化学的酸素要求量(COD)は、よく使われる指標のひとつです。原料のCODCrを用いた予測も可能です。しかしながら、日本ではCODMnがよく使用されるものの、二クロム酸カリウムを用いるCODCrは一般的ではありません。もし(1)と同様に組成式が判明していれば、CODCrの代わりに、理論的な酸素要求量(ThOD)を使用することもできます。ThODは有機物分を酸化させるのに理論的に必要とされる酸素量です。例えば有機物 CaHbOcNdの酸化は次のような反応式で表現されます。

このとき必要になる酸素量がThODで、次式のように計算されます。
![ThOD=[a+(b/4)-(c/2)-(5d/4)]×32 / 12a+b+16c+14d (g/g VS)](img/201802_01e.gif)
例えば、グリシン (CH2(NH2)COOH) のThODは、式から1.5 g/g VSとなります。同様に、メタンのThODは4 g/g VSです。1 gのThODは0.25 g、すなわち350 mlのメタンに相当します。ここでも補正係数を使って、理論的メタンポテンシャルはThODまたはCODCr (通常、CODはg/Lで表記されるので、これをVS濃度で除してg/g VSの形にする)を使って次式から得られます。

この予測法には原料のVSの分析と、CODあるいは元素組成のいずれかの分析が必要となります。上述のように、組成式が既知の場合にはそれは不要となります。fDは上2つの予測法と同様で論文等の文献値か培養実験で特定します。
予測式の妥当性

予測式の妥当性、すなわち予測式で算出された理論的メタンポテンシャルと実験的に特定されたメタンポテンシャルとの整合性は、既にいくつかの論文で検証されています。ここではそれらの成果から一部を抜粋して紹介します。2種類の文献から、合計23種類の原料について、実験的に特定したメタンポテンシャル(BMP)を横軸に、(1)の方法に基づき、組成式を用いて予測したメタンポテンシャルを縦軸にとってプロットしたものが図のようになります。図から明らかなように高い決定係数(R2)があり、実測値と予測値との相関関係が存在しています。また誤差率 (= (実測値 - 予測値)/実測値 ×100) は平均9.1%であって、そこそこの精度で予測ができているようです。他の方法も、ほぼ同等の誤差率が得られています。これらの方法の欠点は、まだ机上計算のみでは予測が不可能で、元素組成分析や分解率といったやや手間のかかる実験を必要とするところです。とはいえ、様々な廃棄物系バイオマスの元素組成や分解率に係る断片的なデータは、これまでの数多くの研究で報告されています。今は、散在するデータを幅広い利用者がアクセスしやすい形でまとめる必要性を感じているところです。
