元素である水銀は、地球誕生の時から存在していた物質であり、大気中や食品中にも微量ですが存在します。水銀を含んだ食品などを人が食べると、健康に悪い影響が出ることがあります。また、いったん環境中に排出されると、それ以上、分解されず、長期的に残り続けるいう性質があります。水銀は、土壌-大気-海などを地球規模で循環していますが、昨今、海洋・土壌への水銀蓄積の増大が指摘されると共に、その最大の原因としての人類の経済活動に伴う水銀の排出・放出の影響が懸念されています。国連環境計画1によると、2015年における水銀の需要量と人類の経済活動に伴う年間排出量は、それぞれ、4,715トンと2,500トンであったと推計されています。また、金の抽出に水銀を用いる零細及び小規模金採掘(Artisanal Small-Scale Gold Mining: ASGM)が、水銀の需要および排出の約4割である事も指摘されました。
これらの問題を背景に、2017年に発効したのが「水銀に関する水俣条約(Minamata Convention on Mercury)」(以下、水俣条約)です。水俣条約とは、水銀およびその化合物の人為的な排出および放出から人の健康および環境を保護することを目的とし、採掘から貿易、使用、排出、放出、廃棄等に至る水銀のライフサイクル全体を包括的に規制する国際条約です。2022年3月下旬にインドネシア・バリにおいて開催された「水銀に関する水俣条約第4回締約国会議第二部」(COP4.2)では、条約の有効性評価の枠組み(条約がどれだけ機能するかを確かめるルール作り)などに関する議論が行われました。加えて、ホスト国であるインドネシア政府の主導により、水銀の違法貿易を防止するための国際協調を強化することを目的とした「バリ宣言」が表明されました。
近年、アフリカや中南米などで、ASGMに水銀が使用され、大気中に排出される水銀による労働者の健康影響や環境汚染が懸念されています。一方、水俣条約では、ASGMにおける水銀使用を削減し、可能な場合には廃絶する事が指向されています(第七条2項: 自国の領域内においてこの条の規定の対象となる零細及び小規模な金の採掘及び加工を行う締約国は、当該採掘及び加工における水銀及び水銀化合物の使用並びに当該採掘及び加工から生ずる水銀の環境への排出及び放出を削減し、及び実行可能な場合には廃絶するための措置をとる)。水銀による健康影響や環境汚染を食い止めるためには、水銀が不法にASGMに流用されないようにすることが必要です。しかし、不適切・違法な操業の存在が指摘されるASGMを介した水銀流通は不明瞭であり、国際的な水銀の管理を阻害する恐れがあります。
そこで、私たちの研究グループでは、京都大学や広島大学の研究者らと共同で、統計値や報告値等の情報間の不整合(矛盾)に着目して、水銀の不適切な貿易・使用の検出手法の開発2-3に取り組んできました。具体的には、①国・地域別の水銀の見掛け消費量と金生産に伴う水銀利用量の不整合 、②二国間貿易における報告値の不整合に着目しました。そして、開発手法を適用した解析の結果、中南米・アフリカ、アジアの一部の国において、水銀の消費・使用に係わる報告値に顕著な不整合が検出されました(図1)。また、二国間貿易を対象とする解析では、輸出国側の報告値と輸入国側の報告値を解析する事により、不適切な流通への関与が指摘されている国を含む複数の国・地域において、報告値間の不整合を検出しました。これらの手法を、例えば、貿易の監視・管理ツールや通知・情報共有システムの開発に組み込むことで、水銀の違法貿易の調査を支援することが可能であると考えられます。紙面の関係で、詳細な説明は割愛させて頂きますが、研究成果の一部については、学会誌等への誌上発表2-3の他、サイエンスアニメーションを活用した成果発信にも取り組んでいます。ご関心のある方は、ぜひともご覧ください。