循環・廃棄物のけんきゅう
2022年6月号

日本の消費により発生する大気汚染の健康影響

南齋 規介

大気汚染による早期死亡者のフットプリント

「大気汚染がひどくて遠くが見えない」という日は日本ではほとんどありません。しかし、世界では大気汚染によって平均寿命より早く亡くなる人(早期死亡者)は毎年400万人を超えると報告されています。この死亡者数は生活習慣(高血圧、喫煙、高血糖、肥満、高コレステロール)に続いて6番目に大きく、大気汚染は環境問題の中で最大の死亡リスクです。大気汚染物質である直径2.5マイクロメートル未満の粒子状物質(PM2.5)の年平均濃度が最も高い国はネパールで、その値は99.73µg/m3です。最も濃度の低い国はフィンランドでその値は5.86µg/m3で、その差は17倍もあります。ちなみに、日本の年平均濃度は11.70µg/m3であり、194カ国中34番目に濃度の低い国です。PM2.5には燃料の燃料によって直接発生する粒子(一次粒子)と大気中の窒素酸化物やアンモニア等が化学反応により変化して生成する粒子(二次粒子)があります。

PM2.5を大量に発生する発展途上国には経済力と技術力に乏しい国が多く、削減に必要な発電所や輸送機関、廃棄物処理などの燃料を燃やす技術の改善や脱煙装置等の設置に取り組むのが困難です。排出削減には国際協力が求められます。

では、どの国同士が協力して問題に取り組むべきでしょうか?その一つの形の見つけ方に「消費者の立場から環境問題を捉える」という方法があります。この方法は、モノの生産に伴って発生する環境負荷は、それを消費した者の責任と考えます。消費者が消費したモノがどのような環境負荷をそれまでに生じてきたかの足跡(フットプリント)を辿るという意味で、「環境のフットプリント」と呼ばれたりします。また、消費を起点して環境負荷の発生量を遡って計算するという意味で環境の「消費基準」の勘定とも言われます。

今日、ある国で生産したモノが他国に輸入され、輸入した国の消費を支えています。特に生産コストの安さから、途上国で生産されたモノを、先進国が消費する傾向があります。消費基準の考えに立てば、途上国の生産で発生する環境負荷の責任が先進国にも存在することが分かり、国同士が協力する理由となります。

私たちはPM2.5による世界各国の早期死亡者を消費基準で理解するため、次のような計算を行いました。消費国としてG20(主要20か国)に単独参加する19カ国に注目し、G20各国の消費を満たすため必要とする世界各国の産業別生産量を推計しました。次に、生産に伴って直接発生するPM2.5と大気中で二次粒子のPM2.5に変化する大気汚染物質の排出量を推計し、それらの排出量によって作られる世界各国の大気中のPM2.5濃度を求めました。そして、人が吸い込むPM2.5の濃度と死亡リスクとの関係式と世界の人口分布データを利用してPM2.5による早期死亡者数を計算することで、G20の消費によるPM2.5の発生を通じた早期死亡者を計算しました。計算対象年は2010年です。

G20の消費は8万人の乳幼児死亡を生む

EUを除くG20の19カ国の消費によって生じるPM2.5により年間約200万人の早期死亡者が世界で生じたと推計しました。その中には、約8万人の乳幼児(5歳未満)が含まれます。G20の消費者一人当たりにすると、年間0.00046人の早期死亡者の発生となります。この消費がG20の消費者の平均寿命まで続く場合早期死亡者数は0.036人となり、この値の逆数を取ると約28人の生涯の消費により一人の早期死亡が生じると換算されます。

国別では、人口の多い中国とインドの消費が突出して早期死亡の原因となり、それぞれ91万人と49万人に上ります。一方、両国の生産活動よる早期死亡者は109万人と55万人であり、生産による死亡者が消費による死亡者より多く、生産によるそれぞれの死亡者のうち18万人と6万人は輸出によって他国の消費を支えるために生じています。しかし、日本、アメリカ、イギリス、イタリア、フランスなどの先進国は消費由来の方が生産由来よりも早期死亡者が多く、輸入を通じて途上国に与える人健康への影響が大きいことを示します。約8万人の乳幼児の早期死亡はG20内ではインド、中国、南アフリカの消費が主要因ですが、先進国の消費もこれらの国々の乳幼児死亡に関与しています。例えば、アメリカと日本の消費はインドにおいてそれぞれ年間1300人と260人の乳幼児早期死亡を引き起こします。またG20以外への影響も小さくなく、米国の消費はアフリカ地域の550人、日本の消費は同地域240人の乳幼児早期死亡と関係します。

日本の消費による早期死亡者の74%は国外の人

日本の消費は約4万2千人の早期死亡者を国内外で引き起こしています。死亡者のうち74%は中国、インド、ロシア、フィリピンなどをはじめとする日本国外に住む人々でした(図1参照)。一人当たりの消費にすると年間0.00033人の早期死亡者ですが、仮にこの消費が日本の平均寿命(約84歳)まで続くと0.027人となります。換算すると日本の約36人の生涯消費により一人の早期死亡が起こります。日本はこれまで国内の大気汚染対策を進め、世界で34番目に空気の綺麗な国になりました。そのため、日本が生産者として排出するPM2.5は少なく,早期死亡者は約1万7千人であり、消費者として責任のある早期死亡者数とは大きな違いが生じています。見方を変えれば、日本は消費を通じた大気汚染の対策にこれから目を向けることでPM2.5による早期死亡者を削減できる機会が広がることを示します。資金や技術のある消費国とその裏で実際に被害を受ける生産国との協力関係こそが、数百万人の命を救う手段です。 国連のSDGs(持続可能な開発目標)の3番は「すべての人に健康と福祉を」です。この目標に向けて6番目に高い死亡リスクである大気汚染の解決は不可欠です。しかし、その実現には17番目の目標「パートナーシップで目標を達成しよう」の推進が突破口となることを、‘大気汚染による早期死亡者のフットプリント’を通じて繋がる国々の関係は示していると思います。

図1: 日本の消費が世界に引き起こすPM2.5由来の早期死亡者数 図1: 日本の消費が世界に引き起こすPM2.5由来の早期死亡者数
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