循環・廃棄物のけんきゅう
2021年10月号

脱炭素社会における資源循環の姿とは?

渡 卓磨

素材生産に伴う温室効果ガス排出量は全体の約23%

金属やセメント、プラスチック等の資源・素材は現代社会の基盤です。私たちの日常生活は、多種多様な素材を用いた車や電子機器、産業機械、ビル、インフラ等によって支えられています。一方、素材の生産活動は温室効果ガス(GHG)排出の主要な要因の一つとなっています。1995年から2015年にかけて、世界の素材生産によって排出されたGHG排出量は120%増加し、2015年には約110億トンに上ると推計されています1。その結果、素材生産が全体のGHG排出量に占める割合は1995年の約15%から2015年には約23%まで増加しました。その詳しい内訳をみると、鉄鋼が最大で約32%、セメントが約25%、プラスチックとゴムが約13%、非鉄金属が約10%、紙が約5%、ガラスが約4%を占めています(図1)。

既に気候変動の影響は熱波や森林火災、洪水等の形で顕在化しており、世界の気温上昇を産業革命以前と比較して1.5℃以下に抑えるために、資源・素材分野においても一刻も早いGHG排出量の大幅な削減が求められます。しかし、素材生産工程の脱炭素化は技術的に難しいことが知られています。例えば、鉄鋼やセメント生産工程では化学反応によって必然的にGHG排出が生じます。また、多くの素材生産工程では高温熱の供給が必要であり、現状では化石燃料の燃焼を避けることが出来ません。そのため、素材生産工程を脱炭素化するための技術開発に加えて、社会全体で素材の使い方そのものを考えていくことが重要になります。

私たちの研究グループでは、全世界における資源の採掘から加工、利用、廃棄、リサイクルにいたる一連の資源循環を数式として表現し、コンピュータ上に再現することによって、脱炭素社会における資源循環システムの将来像を明らかにするための研究を行っています。この記事では素材関連のGHG排出量のうち最大の割合を占める金属資源を対象とした研究の一例を簡単にご紹介します。

図1 世界的な素材生産に伴う温室効果ガス排出量の推移(文献1より筆者作成) 図1 世界的な素材生産に伴う温室効果ガス排出量の推移(文献1より筆者作成)

素材利用は国際的に極めて不均衡

現在、金属はどこで、どのくらい使われているのでしょうか?将来のことを分析するためには、まずは現状をよく知る必要があります。そこで私たちの研究グループでは、6種の主要な金属(鉄鋼・アルミニウム・銅・亜鉛・鉛・ニッケル)を対象に、世界各国地域における過去110年間の利用実態を解析しました2。その結果、日本を含む高所得国の経済活動は一人当たり約12トンの金属の社会蓄積に支えられているのに対して、世界平均は約4トン、低所得国は1トンにも満たないことが分かりました(図2)。つまり、高所得国の人々は低所得国の人々よりも10倍以上多くの金属を利用して日常生活を営んでいるということです。このような不均衡性を割合として表現すると、一人当たりの社会蓄積量が上位20%の人口が全体の60-75%を利用している一方で、下位20%の人口の利用量は全体の僅か1%以下に留まることがわかりました。

図2 主要金属の一人当たり社会蓄積量の世界的な分布(文献2より筆者作成) 図2 主要金属の一人当たり社会蓄積量の世界的な分布(文献献2より筆者作成)
注)2010年における鉄鋼・アルミニウム・銅・亜鉛・鉛・ニッケルの合計値を表示しています。

循環利用だけでは不十分

では脱炭素社会において、現在の高所得国と同じ量の金属を世界全体で生産・利用することはできるのでしょうか?解析の結果3、脱炭素社会実現のためのGHG排出可能量の制限によって、2030年までに全ての対象金属の天然鉱石からの生産量がピークに達し、2100年までの累積での天然鉱石採掘量は現在確認されている資源量の概ね50%以下に留まると推計されました(図3左図)。これは物理的な枯渇に直面するよりも前に、GHG排出可能量によって将来の天然鉱石からの金属生産が制限されうることを示唆しています。一方、スクラップからの生産量は徐々に増加し、2050年までには天然鉱石からの生産量を上回る可能性が示されました。しかし利用可能なスクラップには量的限界があるため、21世紀後半にかけて生産量の増加は徐々に緩やかになります。

その結果、一人当たりの社会蓄積量はシナリオ平均で約7トンに収束すると推計されました(図3右図)。この値は様々な対策を考慮したシナリオの平均値であり、脱炭素電力の拡大やエネルギー効率改善、リサイクル率向上等の様々な対策を野心的に実装した場合の利用可能量は一人当たり約10トンまで上昇します。

これらの結果は、革新的な生産技術の開発や循環利用の重要性と共に需要側での対策の必要性を示唆しています。つまり、脱炭素社会では資源の循環利用だけではなく、より少ない生産・利用量で私たちの居住や移動、通信といったニーズを充足するための"資源効率"の向上が求められるということです。

図3 GHG排出制約下における主要金属の年間生産量(左図)と一人当たり社会蓄積量(右図)の推移(文献3より筆者作成) 図3 GHG排出制約下における主要金属の年間生産量(左図)と
一人当たり社会蓄積量(右図)の推移(文献献3より筆者作成)
注)鉄鋼・アルミニウム・銅・亜鉛・鉛・ニッケルの合計値を表示しています。左図における細線は様々な対策を想定した各シナリオを、太線はシナリオの平均を示しています。右図における塗りつぶし範囲はシナリオの最小値と最大値の幅を、実線はシナリオの平均を示しています。

既に社会に蓄積している製品・インフラの有効利用が重要

本研究では、資源効率を高めるための効果的な戦略は国によって異なることも示唆されました。今後、金属の社会蓄積量を拡大させる段階にある低所得国とは異なり、日本を含む高所得国は既に一人当たり約12トンもの金属を社会に蓄積しています。そして今後発生する需要の大半は、この社会蓄積量の減耗を補うための需要、つまり、老朽化によって破棄される車や建設物等を取り換えるための需要になります。そのため、高所得国では既に社会に蓄積している製品・インフラを長く、かつ高頻度で利用することが重要になります。例えば、車やオフィスビル、電気電子機器の長期間利用やシェアリングがこれに該当します。一方の低所得国は、資源効率性の高い都市インフラを今から計画的に開発する機会を有していると言えます。

持続可能な資源循環システムの実現に向けて

国立環境研究所資源循環領域では2021年から「物質フロー革新研究プログラム」と題し、持続可能なモノの流れ(物質フロー)を実現するための研究に取り組んでいます。そこでは要素技術の開発だけではなく、本稿で解説したようなシステム分析を通して、開発する技術をどこで、どのように利用し、どのような"システム"を構築するのかを検討していきます。HP等を通して積極的に研究成果の発信を行っていく予定ですので、関心を持って下さった方は是非下記のリンク等もご覧ください。

<参考文献>
  1. Hertwich, E. G. Increased carbon footprint of materials production driven by rise in investments. Nat. Geosci. 2021, 14, 151-155.
    https://doi.org/10.1038/s41561-021-00690-8
  2. Watari, T. & Yokoi, R. International inequality in in-use metal stocks: What it portends for the future. Resour. Policy 2021, 70, 101968.
    https://doi.org/10.1016/j.resourpol.2020.101968
  3. Watari, T. et al. Contraction and convergence of in-use metal stocks to meet climate goals. Glob. Environ. Chang. 2021, 69, 102284.
    https://doi.org/10.1016/j.gloenvcha.2021.102284
<もっと専門的に知りたい人は>
  • Watari, T. et al. Major metals demand, supply, and environmental impacts to 2100: A critical review. Resour. Conserv. Recycl. 2021, 164, 105107. https://doi.org/10.1016/j.resconrec.2020.105107
    (本論文では、主要金属の生産と利用、それに伴う環境影響の長期的展望に関する既存研究を整理しました。この分野において、何がどの程度明らかになっていて、何が課題として残されているのかを解説しています)
  • 物質フロー革新研究プログラムホームページ https://mfi.nies.go.jp/index.html
<関連する調査・研究>
【第5期中長期計画】
  • 物質フロー革新研究プログラム1 2 3
  • 政策対応研究基盤的調査・研究
2:資源利用の持続可能性評価と将来ビジョン研究
  • プラスチック資源循環研究グループ
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