以前の記事(化学物質の環境排出量と廃棄物処理・リサイクル(2018年4月号))で、化学物質管理のための基礎情報として環境排出量を知ることの必要性やそのための制度であるPRTR制度(Pollutant Release and Transfer Register:化学物質排出移動量届出制度)について紹介しました。また、化学物質の多くは最終的に廃棄物に含まれて移動していると考えられることから、廃棄物処理やリサイクルにおける化学物質の流れや行方の把握が必要であることについて書きました。今回の記事では、その把握に向けた私たちの研究成果や今後の課題について紹介したいと思います。
筆者らは、環境研究総合推進費研究において、産業廃棄物の焼却処理へ化学物質がどのくらい流入し、そこから排ガスを通して環境へどのくらい排出されるかを見積もるための検討を行いました。この研究では金属類と有機化合物を対象とした分析調査、推計を行いましたが、ここでは金属類の結果について紹介します。
元素としての金属類は焼却処理において分解してなくなったり生成して増えたりすることはありません。したがって、焼却処理からの金属類の排出量は、例えば大気への排出であれば、下の式のように焼却処理へ流入した金属類のうちどのくらいの割合が大気へ排出されるかを計算すればよいことになります。
そこで私たちは、実際の焼却施設での調査をもとに、この計算に必要な「廃棄物に含まれる金属類の濃度」と「大気(最終排ガス)へ排出される割合」を様々な金属類について推定しました。これらの値は、多くの産業廃棄物焼却施設で焼却残さ(焼却炉の底から排出される灰や排ガス中に存在するばいじんを排ガス処理で濾し取った灰)や排ガス中の金属類の濃度を分析し、各施設の廃棄物焼却処理量などのデータと組み合わせることで推定しました。その結果、廃棄物に含まれる金属類の濃度や大気へ排出される割合は施設によって大きく異なっていることがわかりました。これは、施設によって設備形式や処理している廃棄物の種類などに違いがあるためと考えられました。施設による違いを解析した結果、廃棄物に含まれる金属類の濃度はその施設で主に処理している廃棄物の種類、大気へ排出される割合はその施設の排ガス処理の方式によって大きく異なっていることがわかりました。そこで私たちは、処理されている主な廃棄物の種類や排ガス処理方式の組み合わせで分類した焼却施設のグループごとに大気への排出量を推計してから、それらを合計して全体の排出量を推計する方法を提案しました。
提案した方法は、環境省によるPRTR届出外排出量推計の中の産業廃棄物焼却施設からの排出量推計に採用され、この方法と研究で得られたデータをもとにした推計結果が平成30年度分(2020年3月公表)から公表されています。表に示したように、産業廃棄物焼却施設からの大気排出量は、届出排出量(それぞれの物質を使用している製造業などの事業所からの排出量)と比較して無視できない大きさになっている金属類もあり、廃棄物焼却処理からの排出量を推計することの重要性がわかります。
ただし、この研究ではもう一つ重要なことがわかりました。それは、推計された大気排出量は焼却施設への金属類の流入量のごく一部(金属類や施設によって異なりますが平均すると0.1%以下)であり、流入した金属類のほとんどは焼却残さとして回収され、最終処分場等へ移動しているということです。廃棄物焼却施設は他の産業から排出されたこれらの物質を含む廃棄物を受け入れて処理しているわけですが、化学物質の大部分を環境排出されないように止めているということになります。このように、廃棄物処理施設は廃棄物の適正処理だけでなく、化学物質管理においても重要な役割を担っているとも言えます。
なお、有機化合物についても私たちの研究成果をもとにした排出量の推計結果が公表されていますが、そちらは結果が公表されている16物質のうち多くの物質の排出量が事業所からの届出排出量と比べて非常に小さい値となっています。
ここまで、廃棄物の焼却処理における金属類や一部の有機化合物の流入量や排出量の推計について紹介しました。しかし、廃棄物処理には他にも多くの処理方法がありますし、世の中では他にもたくさんの化学物質が使われています。私たちは、現在実施中の環境研究総合推進費研究において、PRTR制度で届出されている移動量(化学物質を使っている事業所から廃棄物処理へ移動した化学物質の量)という情報と、廃棄物管理制度において報告されている各種の情報をつなぐことで、幅広い化学物質について廃棄物処理における流れと行方を追跡することを試みています。PRTR制度において移動量の届出をしている事業所は廃棄物を排出している事業所ですので、そのデータの情報は廃棄物管理制度で報告されているデータの情報と一致するはずです。しかし、それらのデータを突き合わせてみたところ、事業所や廃棄物の種類、処理方法などの情報が一致しないデータも多いこともわかりました。このことから、廃棄物処理における化学物質の流れや行方を追跡するための情報として活用するには、PRTR制度と廃棄物管理制度との間で情報の統一を図る必要があることがわかりました。
また、ここまでは事業所から排出される産業廃棄物に含まれる化学物質について書いてきましたが、製品に含まれる化学物質について、廃棄物になった後の流れや行方を把握することも必要です。特に近年、循環経済(サーキュラーエコノミー)やプラスチック資源循環が注目を集めていますが、それらの政策の中ではリサイクルの段階で有害な化学物質を排除することが求められており、製品に含まれる化学物質情報の重要性が増しています。このような背景もあり、日本や欧州では、どの製品にどのような化学物質がどれだけ含まれるかといった情報を材料、部品、製品メーカーの間で伝え合うための仕組みが導入されました。それらの仕組みは、製品が廃棄物になった後の化学物質の流れや行方の追跡にも役立つものと期待されます。しかし、廃棄物処理業者やリサイクル業者では様々な製品や廃棄物が混合物として扱われることが多いこと、製品の製造・使用から廃棄までの間には時間差があることなどから、それらの仕組みで収集される情報から廃棄物処理やリサイクルで扱われる廃棄物等にどんな化学物質がどのくらい含まれているのかを知ることは簡単ではないかもしれません。
このように、現時点ではまだ十分な情報が整備されているとは言えませんが、私たちは既存の制度などから得られる情報を活用しながら廃棄物処理やリサイクルにおける化学物質の流れや行方を推計することを引き続き試みていきます。その検討を通じて、どのような情報が必要か、また不足しているのかを明らかにし、制度などの改善を提案していきたいと考えています。
<もっと専門的に知りたい人は>
- 国立環境研究所 小口正弘:環境研究総合推進費補助金総合研究報告書「廃棄物の焼却処理に伴う化学物質のフローと環境排出量推計に関する研究」(3K153003)、平成30年5月
- 環境省:PRTRインフォメーション広場、http://www.env.go.jp/chemi/prtr/risk0.html
- 佐伯孝, 小口正弘, 谷川昇, 大久保伸 (2020) 化学物質排出移動量届出と産業廃棄物管理票交付等状況報告の情報活用の検討. 第31回廃棄物資源循環学会研究発表会講演原稿2020, 47-48
- 立尾浩一, 山田正人, 小口正弘 (2020) PRTR届出移動量データと廃棄物行政報告データの突合について. 第31回廃棄物資源循環学会研究発表会講演原稿2020, 41-42
<関連する調査・研究>【第4期中長期計画】
- 資源循環研究プログラム 2 4
- 基盤的な調査・研究
3:資源循環と物質管理に必要な各種基盤技術の開発と調査研究5:廃棄物管理技術の国内外への適用に関する基盤的調査・研究【第5期中長期計画】
- 物質フロー革新研究プログラム 2
- 政策対応研究基盤的調査・研究
1:資源循環分野における社会システムと政策の分析