けんきゅうの現場から
2020年7月号

仮設灰処理施設の安定運転を目指して

倉持 秀敏

仮設灰処理施設とは

福島第一原子力発電施設の事故以降、東日本では事故由来の放射性物質を除染する活動が行われ、2018年3月には帰還困難区域1)以外の除染が完了しました。福島県内の汚染廃棄物対策地域1)では、除染で発生した廃棄物(除染廃棄物)の量が膨大であることから、そのなかでも可燃分(例えば、図1)は、体積を減らす目的で市町村ごとに設置された仮設焼却施設にて焼却処理されます。焼却処理では、可燃分が燃えて体積が大きく減少しますが、主灰と呼ばれる燃え殻と飛灰と呼ばれるばいじん(排ガス中の細かいダスト)が発生します(図2aと2b)。それらの灰は中間貯蔵施設へ搬入され、今年の4月から仮設灰処理施設にて溶融処理されています。具体的には、1,300℃以上の高温加熱処理により、灰はマグマのような液状(溶融物)になり(図3)、溶融物を水で急冷させると、スラグと呼ばれるガラス状の固体になります(参考として図4)。ちなみに、中間貯蔵施設には、除染廃棄物等を直接溶融物にする施設もあり、シャフト式ガス化溶融炉にてそのような処理2)が行われています。スラグ中の放射性物質濃度が低ければ、スラグを路盤材やセメント原料などへリサイクルすることができます。そこで、仮設灰処理施設では、薬剤を添加して放射性物質をガスとして分離させ、スラグ中の放射性物質濃度を大幅に低下させる運転が行われています。なお、放射性物質は排ガスへ移行しますが、排ガスの冷却過程で飛灰表面に固化し、バグフィルターという排ガス処理装置で飛灰とともに回収されます。この飛灰には放射性物質が高度に濃縮されるため、飛灰は鋼製角形容器に封入され、コンクリートの厚さが30cm以上ある廃棄物貯蔵施設にて保管されます3)。このような被曝対策に加えて、大気中の空間線量や地下水の放射性物質濃度等を測定し、飛散・漏洩等にも注意してしっかり保管・管理されます。

図1. 焼却処理前の除染廃棄物図1. 焼却処理前の除染廃棄物
図2. 仮設焼却施設から発生した主灰(a)及び飛灰(b) 図2. 仮設焼却施設から発生した主灰(a)及び飛灰(b)
図3. 1,400℃で処理された溶融物(磁性ボート内)
図3. 1,400℃で処理された溶融物
(磁性ボート内)
図4. 図3の溶融物を冷やして得られたスラグ(水冷ではなく空冷)
図4. 図3の溶融物を冷やして得られたスラグ
(水冷ではなく空冷)

灰溶融処理における安定運転へ向けた課題と対応

灰溶融処理では、主灰及び飛灰にカルシウム(Ca)の酸化物(CaO)と塩素(Cl)化物(CaCl2)を薬剤として添加しています。Ca分は灰が溶けて溶融物になる温度に、Cl分は放射性物質を塩化物ガスとして蒸発させてスラグ中の放射性物質濃度を低くすることに関係しています。Ca分が多い条件で灰溶融処理を行うと、図5aのように溶けずに粒子の塊のようなものになります。加熱温度が1,400℃でもCa分が多い灰は溶融物にならないといえます。実際に、灰の主要三成分であるCaO、アルミナ(Al2O3)、シリカ(SiO2)の相図を見ると、SiO2に対してCaOの重量割合が高くなると、灰が液状になる温度が高くなるのが読み取れます。一方、Cl分が多い条件にすると、二種類の溶融物が発生します。図5bのように、通常のスラグ(図4)に加えて白色の固体も発生します。この白色物はCaとClが主成分の塩類であり、水に溶けやすい性質を持っています。残念なことに、この白色物中には放射性物質が比較的多く存在するので、白色物が発生すると、急冷の際に使用する水が汚染されます。以上のことから、灰溶融処理を行うには、Siに対するCa及びClの重量バランスが重要になります。

図5a. Ca分が多い条件の灰溶融処理後
図5a. Ca分が多い条件の灰溶融処理後
図5b. Cl分が多い条件の灰溶融処理後
図5b. Cl分が多い条件の灰溶融処理後

仮設灰処理施設へ搬入される主灰と飛灰の性状が常に一定であれば薬剤を一定量添加するだけで良いですが、灰中の元素割合(元素組成)は日々変動します。それは、除染廃棄物が草及び枝などとそれらに付着した土砂まで多種多様であり、加えて、仮設焼却施設では災害廃棄物も一緒に焼却処理されることがあるからです。特に、飛灰の元素組成は大きく変動することが我々の調査でわかっています4)。そこで、薬剤の添加量を調整してCa、Cl、Siの元素割合を変化させて、実験室内で溶融処理を行い、白色物が発生せずに溶融物を得るための元素組成の範囲を確認しています。また同時に、スラグ中の放射性物質濃度を把握して、放射性物質濃度が低く、かつ白色物が発生しない元素組成の範囲、つまり、灰溶融処理に適切な元素組成条件を明らかにする研究を進めています。

薬剤の添加量を決定するには、主灰と飛灰についてCa、Cl、Siの元素組成を正確に把握する必要があります。正確に把握する方法として、灰を酸で分解処理するなどして灰を構成している元素を水溶液へ溶解させ、水溶液中の元素を分析する方法がありますが、多くの手間と時間がかかります。そこで、迅速かつ正確に分析する方法も検討しています。灰を酸で分解処理せずに蛍光X線を利用して元素組成を明らかにする分析方法を開発しています。特に、Siの量が少ないサンプルでは、正しく分析ができないこともあるので、前処理によってその課題を解決しようとしています5)

灰溶融処理に適切な元素組成及び灰の元素組成を迅速かつ正確に分析する方法により、灰の多様な元素組成に柔軟に対応でき、より安定な灰溶融処理が実現できると考えています。最後に、灰溶融処理では、高濃度の放射性物質を含む飛灰が発生するため、保管とその後の処分に大きなスペースが必要になります。そこで、飛灰の体積を小さくする取り組みが検討されています。これが実現できれば、保管・管理すべき体積が桁違いに小さくなる可能性があります。今後、このような技術と上手に連携できるように、灰溶融処理側でも技術的な対応を検討することが必要になるでしょう。

<参考文献>
  1. 1) http://shiteihaiki.env.go.jp/radiological_contaminated_waste/regional_measures/
  2. 2) Noda et al. (2020) Process Safety and Environmental Protection, 143, 186-195
  3. 3) http://josen.env.go.jp/chukanchozou/action/safety_commission/pdf/safety_commission_07_190327.pdf
  4. 4) 倉持ら、(2018) 第7回環境放射能除染研究発表会, 同予稿集, 38
  5. 5) 野田ら、(2019) 第8回環境放射能除染研究発表会、同予稿集、27
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