「平成」は災害の時代とも言われます。平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災、平成19年(2007年)の新潟県中越沖地震、そして未曽有の津波被害をもたらした平成23年(2011年)の東日本大震災、その後も平成28年(2016年)の熊本地震、直近の平成30年7月豪雨災害(2018年)など、多くの大災害が起こりました。また、環境問題との関連で見ると、私たちの研究センターでも取り組んでいる災害廃棄物の問題が自然災害によって表に形として現れた時代であったともいえます。
そこで本稿では、災害廃棄物の問題に焦点をあてて平成の時代を振り返り、私たちの経験から得た教訓を次の「令和」の時代にどのようにつなげていくのか、その示唆を得るために一緒に考えてみたいと思います。
平成になり、阪神淡路大震災(平成7年)が災害廃棄物対策の重要性を理解するきっかけとなった最初の大きな災害でした。約2千万トンの災害がれきが発生し、その処理は苦難を極めました。多くの建物などの都市インフラがダメージを受けてがれきとなり、復旧復興の妨げになったことから、国や自治体が試行錯誤しながらその処理にあたりました。
それをきっかけに、国では平成10年に震災廃棄物対策指針をつくりました。その後、平成16年に新潟・福井の豪雨災害、台風16号、23号による災害などの水害の多発をきっかけに、平成17年には水害廃棄物対策指針をつくりました。
そして平成23年3月11日に千年に一度といわれる東日本大震災が起こります。地震による強い揺れと大津波による未曽有の被害が生じました。約2千万トンの災害がれき以外に、同規模の津波堆積物(海底の土砂が津波とともに陸上に打ち上げられたもの)も発生しました。災害がれきの量は日本全体で1年間に発生する一般ごみの半分にあたり、処理能力の百年以上に相当する量が発生した自治体もありました。被害は東北太平洋沿岸域の広域にわたり、行政機能自体が失われた中小自治体は膨大な災害廃棄物を目の前にして立ちすくむしかなかったのです。
そのような中で、官民連携での総力の結集により、膨大な災害廃棄物の処理という国家的な事業が3年間という短期間で成し遂げられたのです。岩手県と宮城県は行政機能を失った中小市町村で発生した膨大な災害廃棄物を引き受け、効果的に処理を行いました。事業規模は総額約1兆円にのぼり、総合建設業(ゼネコン)を中心とした共同企業体(JV)がその大規模事業を担い、また全国の支援自治体が広域処理(被災した自治体では処理できない膨大な量のがれきを、受け入れを申し出た全国の自治体に運び、焼却施設などで処理してもらうこと)の受け皿になりました。広域処理においては放射能問題が影響し、受け入れにあたっては様々な意見の違いによる摩擦が各地域で生じましたが、粘り強い対応で処理が進められました。
東日本大震災はいろいろな意味で歴史的に転換点となった災害です。これをきっかけに国では、近い将来に発生が懸念される南海トラフ地震や首都直下地震のような巨大災害に備えて、事前防災・減災の考え方に基づき、国土強靭化法の制定(平成25年12月)と国土強靭化基本計画(平成26年6月)をつくり、強くしなやかな国をつくることを目指しました。その中で、災害廃棄物処理も重要な一分野であると位置付けられています。
東日本大震災後の災害廃棄物分野では、まず、平成26年3月に震災廃棄物対策指針と水害廃棄物対策指針が、災害廃棄物対策指針にまとめる形で改訂されました。また、東日本大震災への対応を教訓に検討を進め、平成27年7月に廃棄物処理法と公害対策基本法の一部を改正し、中小規模から大規模な災害までつなぎ目なく細やかに対応できる制度づくりを行いました。平成27年11月には大規模災害発生時の災害廃棄物対策行動指針をつくり、地域ブロックごとに設置した協議会を連携の場として、環境省地方環境事務所が中心になって災害対応力を強化していくことになりました。
東日本大震災後の関東・東北豪雨災害(平成27年9月)、熊本地震(平成28年4月)、九州北部災害(平成29年7月)、そして平成30年7月豪雨災害等には、環境省が平成27年9月に設置した災害廃棄物処理支援ネットワーク(D.Waste-Net)が被災地支援を担いました。被災地に派遣された環境省支援チームにD.Waste-Netの専門家が加わり、プッシュ型支援(国等が被災自治体の要請を待たずに必要不可欠な支援活動を行うこと)により司令塔を果たすとともに、構成する業界団体等から人員・資機材が提供され支援活動が機動的に行われました。
同時に、平時からの災害対応力向上に向けた取組みも行われています。全国の自治体では災害廃棄物処理計画の策定、自治体職員研修による人材育成等を進めており、環境省はモデル事業を通してそれらの支援を行っています。国立環境研究所もD.Waste-Netの中核機関として、研修プログラムの開発、提供や、災害廃棄物情報プラットフォーム開設による関連情報の提供を行っているところです。
ここまで、平成の時代になってからの災害廃棄物問題とその対応の歴史を簡単に振り返りました。以下では、災害廃棄物問題の特徴と課題について、時代背景となる社会要因と関連付けて考えてみたいと思います。
まず、突発的な災害の環境への影響は、以下の式のように表現できます。つまり、災害による環境への影響は、災害の強さだけでなく影響を受ける社会の脆弱さに依存します。
つまり、災害と環境の関係をみていくうえでは、災害を受ける社会の脆弱さに影響する要因から分析していく見方が必要です。図1は、筆者がよく使う昨今の社会状況のキーワードを四つの側面からみたものです。
災害廃棄物対策を社会要因と関連付けて考えると、その特徴、課題として以下のようなことがポイントとして挙げられるのではないでしょうか。
人口減少・高齢化、財政逼迫、社会ストック(公共がつくった道路や橋、廃棄物処理施設、上下水道など)の老朽化等により、地方の災害に対する脆弱性が高まっています。いったん災害に見まわれると、地方自治体は自主自立的に災害対応を行うことが難しくなっており、災害規模が大きくなるほど、国のプッシュ型支援のウェイトが大きくなっています。今後の広域的な大規模災害を考えると、国等の中央が多くの被災自治体に全方位的に支援を行うことは不可能であり、地方の自らの対応力向上が大きな課題であるといえます。
災害に対応する人材力が不足してきています。社会がシステム化、マニュアル化され、人材は分業化されたシステムのなかで働き、役割を果たすことが求められています。公務員においては、広範なマニュアルに基づいて役割をこなす能力を身に着けるために定期的な人事異動が行われ、マニュアル想定外の災害非常時の対応力が十分備わってないのが現状です。同時に、地方の自治体の財政難により人員数も減少し、量的にも人材不足に陥っています。
社会の効率化のためには、行政と民間が連携協力していくことが不可欠であり、平時の公共事業では民間活用が進んでいます。財政難等が背景にありますが、逆に自治体のもつべき責任が希薄になり、民間任せになってしまう傾向も出てきています。このことは、災害時において主導的役割を担うべき自治体が機能しないリスクを高めることから、災害対応力向上に向けた官民連携の在り方が問われています。
平成は、人との絆(きずな)が薄れ、 孤立する人が増えていく無縁社会、コミュニティーの希薄化が指摘された時代でもありました。このことは、地域社会の災害対応力の低下を招いています。一方、東日本大震災後に「絆」やボランティア活動の活発化がクローズアップされました。また、災害時に取り乱すこともなく、暴動やパニックもなく、冷静に統率された行動ができる国民性が日本にあることは、東日本大震災のときも全世界的に称賛されました。しかし、地域社会の中で協力し合ったり、積極的な支援の行動を起こしたりする等の主体性を、日本社会の中でさらに育て根付かせていく必要があります。
情報化社会は平成の象徴であるように思います。環境問題も社会の情報化によって複雑化しています。ネットワークにつながる「ネット市民」に情報は瞬時に拡散し、真偽の判断がつかない情報も増殖しながら広がっていくのです。このような状況は、正しい情報を基にして私たちが相互に意見を尊重し合い物事決めていくことを極めて難しくしています。また、注目を惹くために人びとを煽りがちなマスコミの情報発信に一般市民は影響され、政治も大衆迎合的に単に多くの人びとが受け入れやすい意思決定に安易に偏る傾向も否めません。このような側面がある情報化社会の中で、政治をつかさどる為政者が、意思決定に時間や労力がかかることをさけるために情報を積極的に出さない姿勢になってしまうと、かえって国民の反発を招き信頼を損ねることになり、悪循環に陥る危険性もあります。福島事故後の災害廃棄物の広域処理においては、以上のような情報化社会の問題が顕著に表れたように思います。
平成から次の「令和」の時代に移っても、連続する時間の流れの下で、人口減少や財政逼迫は益々厳しい状況になっていくでしょう。地球温暖化による気候変動もすでに顕在化しており、豪雨や大型台風などの極端現象は、毎年のように起こりむしろ日常化しているとさえ思えます。この傾向は長期的にさらに深刻化してく可能性が高いといえます。このように確実に起こりうる長期リスクへの対処のために、私たちは時間をかけて社会のシステムを変革していかなければならないのです。
一方、突発的に甚大な被害をもたらす自然災害への対処のために、どの程度の冗長なシステム(元々のシステムに支障が生じたときのために、普段から予備的な仕掛け等を備えているシステム)をつくるべきかについては、突発事象がいつどの程度の強さで起こるのか、その不確実性が高いだけに判断が難しいところです。
要は長期リスクと突発リスクへの対応をいかにバランスさせながら同時低減していくのか、むしろ両リスクへの対処が相互にシナジー(相乗効果)を生むコベネフィット型のシステム(両者同時に便益を生むシステム)作りを目指す必要があるのではないでしょうか(図2)。それがすなわち、持続可能で強靭な資源循環・廃棄物処理システムの実現につながるものと確信しています。
そしてその鍵は、先述した災害対応力に影響する社会の脆弱要因をいかに取り除いていくか、あるいは強靭化していけるかにかかっているように思います。すなわち、先述した地方の脆弱化、人材対応力不足、行政と民間の連携、市民力の活用、情報化社会のもとでの社会合意の観点から考えれば、「人材力向上や民間との連携により地方の脆弱性を低減し、市民力を高めるとともに、各主体間の信頼関係に基づくつながり・ネットワーク(社会関係資本という)の強化により地域社会を強靭化していく。そして、情報に対するリテラシー(物事を正しく理解、判断する能力)を高めて、各主体の参画による透明なプロセスの下で、社会全体で合理的な意思決定を行うシステムを構築していくこと」が必要であると思います。
以上の方向は、長期的リスクと突発的リスクの同時解決に資する社会の対応の在り方です。次の時代において、このようにして社会が成熟していけば、幾度となく自然災害の災禍に苛まれた中で私たちが生きた平成の時代が、未来の持続可能な社会づくりにとって意味あるものになるでしょう。
本稿は「生活と環境」2019年1月号に掲載した内容を基に再構成したものです。
<参考文献>
- 1)国立環境研究所:災害廃棄物情報プラットフォーム、http://dwasteinfo.nies.go.jp/