2009年12月7日号
バイオエコ技術を活用した中国の環境再生保全戦略徐 開欽 (じょ かいきん)
近年の急速な工業化に伴い、中国においてもかつての日本や他の工業国が経験したような深刻な環境汚染が問題視されています。特に、水環境問題について、2005年の松花江汚染事故(※)以降、深刻な水質汚染が次々と発覚し、2007年初夏から太湖、巣湖、のいわゆる"三湖"でアオコの大量発生が起こっています。水不足と水環境汚染は中国における経済および社会の持続可能な発展の重要な制限因子となりつつあります。今後、都市化の進展、モータリゼーションの進行により、都市型公害、自動車排出ガスによる汚染や、生活排水(2007年3月5日号「生活排水」参照)、工業排水による水質汚濁が深刻化する恐れがあります。今回は、最近の中国の水環境問題を踏まえた上で、バイオエコ技術を活用した流域環境再生戦略について紹介します。 中国では川・湖の汚染を、最も軽いT類から汚染が劣悪な劣X類まで段階的に分類しています。2008年の松花江、遼河、海河、黄河、淮河、長江(揚子江)、珠江など七つの水系の200の河川の409断面に対して、水質を観測した結果、全体の水質は、T〜V類、W-X類、劣X類の割合がそれぞれ55.0%、24.2%と20.8%となっています。主な汚染項目はCOD(化学的酸素要求量)、アンモニア性窒素と石油類などです。湖沼をみると、主要湖沼で水質汚染が進み、富栄養化現象が深刻化する傾向にあります。2008年では、28の重点観測対象湖沼・ダムのうち、57.2%がX類水質基準を満たさず、水源地および景観用水としての価値を失っています(写真)。主な汚染物質は、窒素とリンでした。今後経済発展に伴い、全国的に工業・生活排水量の増加が見込まれ、これらの排水の徹底的な処理と水質汚濁防止対策が急務となっています。 バイオ・エコシステム(2007年3月19日号「地域を単位とした水・物質循環システムの再構築を」参照)とは、水処理工学技法としての高度排水処理システム、生態工学技法としての水生植物・土壌等を活用したバイオエンジニアリングとエコエンジニアリングを組み合わせた環境再生保全技法です。本システムは、流域に適正に配備することにより、地域で発生した汚濁物をその地域内で循環させるという地産地消型の技法であり、広大な中国において、地域に適した環境再生保全を図ることができます。その基盤となる研究ステーションが(独)国立環境研究所の国際共同研究等を推進するバイオ・エコエンジニアリング研究施設であり、更なる強化が望まれます。 バイオ・エコエンジニアリングを活用した浄化法については、生活排水、食品等事業場系排水、畜産排水の高度処理および生ごみ・汚泥・植物残渣等のアルコール発酵、水素・メタン発酵等のバイオマス資源循環有価物回収技法(2007年8月20日号「ごみから水素エネルギーをつくり出す」参照)、水生植物活用浄化・温室効果ガス抑制技法(2008年9月22日号「植物の力で水環境改善!」参照)等として、実用化を目途とした開発がなされつつあります(2007年11月19日号「適正な資源循環の促進のためのアジア地域での液状廃棄物対策」参照)。また、物理化学的処理法としての水熱反応技法との組み合わせによる高度効率化技法も重要な位置づけにあります。このようなシステム技術は中国をはじめとするアジア地域に根ざす技法として、JICA・KOICA合同研修プログラム、JICA太湖水環境修復モデルプロジェクト、日中韓三ヶ国環境大臣会合(TEMM:the Tripartite Environmental Minister Meeting)(2007年11月19日号「アジアの環境協力」参照)で合意された淡水(湖沼)汚染防止プロジェクト等で発信され定着化し、重要な技法として国際的に認識されつつあります。また、南京で開催された江蘇省科学技術論壇でのバイオ・エコシステムの基調講演は、中国全土に発信され大きな反響を得、政策にも反映されつつあります。 中国の湖沼、内湾等の公共用水域は累進的に環境が悪化し、その再生が重要な命題となっています。これは、流域に蓄積された汚濁物質の対策に重点がおかれてこなかったことに由来しています。これからは、流域に流入する環境負荷を最小化し、また流域から系外に流出する環境負荷を最小化する、すなわち流域内での地産地消型の汚濁負荷削減対策が極めて重要な政策課題になるといえます。そのためにも、図に示すバイオ・エコシステムを根幹とする地産地消型バイオエコタウンの構築が重要です。このような考えは、中国の新農村建設計画における自給率向上のモデルともなるものです。 中国におけるバイオエコタウン環境再生保全戦略を実行していく上では、基盤・応用研究の成果として得られた技術を、いかに事業として流域に面的に整備していくかが課題といえます。この場合に重要といえるのが、中国環境保護部が取り組みつつあるETV(Environmental Technology Verification:環境技術実証)等の導入によって、性能が適正に評価された技術を普及させることです。中国のような亜熱帯、温帯、寒帯等の気候の違い、都市部・農村部におけるライフスタイルの差による汚水量・汚水濃度の違い等が存在する広大な国土においては、地域特性を考慮した汎用化技術の開発と枠組み創りが必要です。そのためにも、地域特性に基づき、適正システムの導入可能なバイオエコタウン構想に向けた研究技術開発・評価は必須です。また、開発を進める上での重要な課題は、中国が、アメリカに次いで、すでに2番目のエネルギー消費国となったことです。温室効果ガスでも2番目の放出国になったこと等を踏まえた低炭素型省エネルギー型の環境再生保全技術が必要です。すなわち、従来の化石燃料由来エネルギーをバイオマス由来エネルギーへ、そして、太陽光・水力・風力等の自然由来エネルギーへと転換するパラダイムシフトが重要です。 (※松花江汚染事故:中国吉林省の石油化学工場から多量のベンゼン類等の化学物質が松花江に流入した事故。下流の大都市や国境を接するロシア等にも影響を与えました。) <もっと専門的に知りたい人は> |
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