近年、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする脱炭素化社会への取り組みが注目されています。皆さんは、日常的なCO2の排出源として、どんなことを思い浮べるでしょうか。日常で使う電気を作る発電所の燃料、自動車を動かすガソリン、お湯を沸かすガスなど、生活で使用しているエネルギーのことを想像した方が多いのではないでしょうか。
しかし、わたしたちが使っているさまざまな「モノの一生(ライフサイクル)」から考えていくと、見え方は違ってくるようです。図1のように、自動車、家電製品、衣類など、様々な製品(モノ)が作られ、わたしたちが使用した後、いずれ捨てられてしまいます。CO2などの温室効果ガスは、わたしたちが日常で製品を使うとき(電気やガソリンの使用)だけでなく、原材料を採取し、加工し、製造し、流通・輸送する過程で、さらには使い終わった製品を回収し、廃棄物を処理する過程で生じているのです。
使い終わった製品は、再度使用したり(リユース)、使える部品を再利用して新たな製品を作ったり(リマニュファクチャリング)、金属やプラスチックなどの素材を再生するなど(リサイクル)、「サーキュラーエコノミー(循環経済)」と呼ばれる取り組みが近年進んでいます。このような取り組みにより温室効果ガスを削減できる場合が多いですが、それでもなお、輸送や解体などの過程で排出される温室効果ガスもあり、これらの取り組みをどのように脱炭素に確実に繋げていくかも課題となっています。国立環境研究所らの研究チームでは、日常的な製品のさまざまな「サーキュラーエコノミー」の取り組みによる温室効果ガスの削減効果と輸送の増大などにより排出量が増加してしまう「バックファイア効果」のリスクを分析した結果を公開しました(詳細は<もっと詳しく知りたい人は:モノの循環と脱炭素の関係について考える>をご覧ください。)。
このような「モノの一生」からの温室効果ガスの排出量を計算する方法が「カーボンフットプリント」です。直訳すると「炭素の足跡」という意味となり、わたしたちが使っている製品やサービスが間接的に地球への影響(足跡)をもたらしていることを表しています。
国立環境研究所らの研究チームでは、カーボンフットプリントを用いて、わたしたちの1年間の生活がどれくらいの気候変動への影響をもたらしているかを推計しました。この推計では、平均的な市民が1人1年間に購入・使用しているあらゆる製品やサービスの消費量をもとに、原材料採取、素材加工、製造、建設、サービス提供、使用、廃棄までの「モノの一生」から排出される温室効果ガスが含まれています。図2は日本全体のカーボンフットプリントの割合を示していますが、全体の約6割が、わたしたちが日常的に利用している製品やサービスによるものであることがわかります。中でも、住居(エネルギー、建物、水道など)、移動(自動車、飛行機、バイクなど)、食(肉類、惣菜、穀類など)、消費財(衣類、日用品、家電製品など)の占める割合が大きく、次いでレジャー(旅行、外食など)、サービス(通信、医療、美容など)となっています。このようなカーボンフットプリントは住んでいる地域などによっても変わってきます。国立環境研究所では、住んでいる都市のカーボンフットプリントを知ることができるわかりやすい冊子と地図上での可視化サイトを公開しています(https://lifestyle.nies.go.jp/)。
カーボンフットプリントから考えていくと、地球温暖化を抑える取り組みは、自宅での電気やガスなどのエネルギーの節約の問題だけではありません。さまざまなモノがわたしたちの生活のニーズを支えるために届けられている以上、これらを作り、運び、捨てる過程で生じる温室効果ガスは、製造や流通を行う企業だけの問題とはいえないでしょう。近年、企業のなかでも、モノを作り届ける過程での温室効果ガスを計算し、削減していく「スコープ3」という取り組みが進んでいます。わたしたち一人一人ができることに取り組むだけでなく、脱炭素に積極的に取り組む企業を応援することも大切です。脱炭素への取り組みが進めば、近いうちに、さまざまなモノやサービスにカーボンフットプリントが表示され、環境にやさしいライフスタイルを選びやすくなる時代がくると考えられます。
わたしたちの衣食住(ライフスタイル)をどのように見直し、生活の質が高く、地球にもやさしい暮らしへと変えていくことができるかが、脱炭素型社会の実現の鍵となっています。国立環境研究所では、一般社団法人コード・フォー・ジャパン(Code for Japan)と共同で、わたしたち一人一人の生活から生じるカーボンフットプリントを計算し、一人一人にできる脱炭素アクションを提示するプラットフォーム(計算の仕組み)を開発しました。
2022年8月に公開されたWebアプリ「じぶんごとプラネット」(https://jibungoto-planet.jp/)では、移動、住居、食、モノとサービスの4つの分野について、約10の簡単な質問に答えるだけで、誰でも自分の1年間のカーボンフットプリントを知ることができます(図3)。さらに、カーボンフットプリントの診断結果に基づいて、30種類以上の脱炭素アクションの中から、自分にとって効果の高い選択肢が表示され、これから取り組もうと考えている選択肢をソーシャルネットワーク(SNS)にシェアすることもできます。
わたしたちが取り組むことができる脱炭素アクションにはさまざまなものがあります。例えば自動車や飛行機の代わりに公共交通や自転車を利用する、肉類の代わりに野菜の多い健康的な食生活をする、再生可能エネルギー由来の電気に切り替えるなどが代表的なものですが、一人一人のライフスタイルの現状によって効果の高い選択肢は変わってきます。衣類や日用品を長く大切に使うなど、「モノの一生」から生じる温室効果ガスを抑えるための「サーキュラーエコノミー」の取り組みも大切です。脱炭素へのアクションを起こす市民が少しずつでも増えれば、脱炭素につながる製品やサービスを提供する企業も増え、これを後押しする自治体や政府の取り組みも充実し、社会全体が変わっていくことになるでしょう。このようなアプリを使うことで、まずは気候変動とじぶんの生活との関係性についてデータ(数字)を見つめ、できることからはじめてはいかがでしょうか。
<もっと専門的に知りたい人は>◎じぶんのカーボンフットプリントを知る
- Code for Japan「じぶんごとプラネット」
https://jibungoto-planet.jp/- 国立環境研究所 2022年8月31日報道発表「個人のカーボンフットプリントを可視化し脱炭素ライフスタイルの選択肢を提案するプラットフォームを共同開発」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20220831/20220831.html◎脱炭素型ライフスタイルと地域づくりを考える
- 小出瑠,小嶋公史,南齋規介,Michael Lettenmeier,浅川賢司,劉晨,村上進亮(2021)「国内52都市における脱炭素型ライフスタイルの選択肢:カーボンフットプリントと削減効果データブック」
https://lifestyle.nies.go.jp/- 小出瑠「カーボンフットプリントから考える地域に合った脱炭素型ライフスタイル」 国環研ニュース 40巻
https://www.nies.go.jp/kanko/news/40/40-5/40-5-03.html- 国立環境研究所 2021年7月19日報道発表「国内52都市における脱炭素型ライフスタイルの効果を定量化 ~「カーボンフットプリント」からみた移動・住居・食・レジャー・消費財利用の転換による脱炭素社会への道筋~」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20210719/20210719.html◎モノの循環と脱炭素の関係について考える
- 国立環境研究所 2021年12月15日報道発表「サーキュラーエコノミーを脱炭素化につなげるための必須条件を解明」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20211215/20211215.html
<関連する調査・研究>【第5期中長期計画】
- 物質フロー革新研究プログラム 1
- 政策対応研究基盤的調査・研究