室内のほこり'ハウスダスト'には、様々な化学物質が蓄積しています。ダスト中の化学物質の発生源は、家電製品や家具、室内装飾品、建材などに加え、おもちゃや日用品、衣類、食品、屋外から持ち込まれた土ぼこりなど様々なものが考えられます。これまで私たちの研究グループでは、製品を燃えにくくするために添加される「難燃剤」に着目し、ハウスダスト中の濃度や組成などを詳しく調べてきました(2006年12月18日号「ハウスダスト研究(ほこりの研究)」、2012年8月号「ハウスダスト中の臭素化ダイオキシン類」、2013年3月号「ハウスダストの組成とPBDEsの粒径分布:代表的な試料を得るために」参照)。今回は、難燃化された製品から難燃剤がどのようにハウスダストへ移行するのかについて、一般財団法人化学物質評価研究機構(CERI)との共同研究で得られた成果1)の一部を紹介いたします。
とくに乳幼児への化学物質曝露を考える上でハウスダストが重要な媒体であることは国際的に認識されています。しかしながら、製品からダストへの化学物質の移行過程やその寄与についてはあまりよくわかっていません。現在、少なくとも三つの移行ルートがあると考えられています。
まず一つ目は、製品から揮発した難燃剤が周辺のダストに付着する経路です。一般的に、揮発性の高い物質は空気中に、揮発性の低い物質はダスト中に移行しやすい傾向があります。難燃剤は比較的揮発性の低い物質ですが、室内に設置した製品から揮発することは確認されています。いったん揮発した難燃剤は空気中にとどまるのではなく、壁や床、ダストなどに付着して存在することになります。二つ目は、製品を使用している過程で劣化したり擦れたりすることにより、難燃剤を含む素材そのものが細かくなってダストに直接混入するルートです。顕微鏡でハウスダストを詳細に観察すると、プラスチックの小さなかけらを見つけることができます。その中には高濃度に難燃剤を含むものも確認されていることから、この経路の存在は科学的に実証されているといえます2)。三つ目の経路は、製品に直接付着したダストへ難燃剤成分が移行するのではないか、というものです。今回、この三番目の経路について詳しく調べました。
皆さんのご家庭のカーテンは防炎加工されていますか?数年前まで市販されていた防炎カーテンの多くは、ヘキサブロモシクロドデカン(HBCD)という難燃剤で処理されています。HBCDは難分解性で生物蓄積性があるなどの理由から、2013年にストックホルム条約(POPs条約)対象物質に追加され、PCBなど既存のPOPsとともに新たな製造や使用などが国際的に規制されることになりました(2016年2月号「POPs条約の最近の動向」参照)。
一般に、カーテンの洗濯頻度は低いこともあり(自宅での水洗いが不可の製品もあります)、カーテンには思いのほか多くのほこりが付着しています。そこで私たちは、HBCDで加工された異なる2製品の防炎カーテン(カーテンA、カーテンB、いずれもポリエステル製)に模擬ダストを付着させ(図1)、温度や湿度を一定に保ってしばらく静置した後、ダスト中のHBCDの濃度がどのように変化するかを調べる試験を行いました。その際、カーテン繊維そのものがダストに混ざり込む可能性を最小限に抑えるため、試験開始前に細かな繊維を掃除機のようなもので丁寧に吸い取った後にダストを付着させました。また実験には、HBCDが含まれていない模擬ダストを使いました。
付着試験開始から1日後、4日後、7日後にダストを回収し、ダスト中HBCD濃度を測定した結果、製品中HBCDが付着ダストに移行していることが確認されました(図2)。また、ダスト中のHBCD濃度は付着している期間が長くなるほど増加することがわかりました。2種類のカーテンでHBCD移行濃度に差が認められた要因については今のところ不明ですが、カーテンにダストを一週間付着させることで、ダスト中濃度は最大で21 μg/gまで増加しました。これまでに報告されている一般家庭のハウスダスト中HBCD濃度がおよそ0.1~15 μg/g程度であることから考えると、付着ダストへの直接移行は製品からのHBCD排出の主要な経路であることが示唆されました。
製品にダストが付着しているだけで、製品中の化学物質の一部がダスト側へ移行してしまうという現象をどう考えたらよいでしょうか。この問いに答えるためには、付着ダストへの移行メカニズムを解き明かすことに加え、この先どこまでダスト中のHBCD濃度が増加するのか、室温によって移行量は変化するのか、ダストのどの成分が移行に関与しているのか、製品によって移行のしやすさが異なるのか、それは何に起因するのか、など色々と新たな課題も生じ、現在、より長い期間での付着試験を追加で実施しているところです。
HBCDのように規制された物質を含む製品が身の回りにある限り、こういった物質の室内大気やダストへの排出は続くと考えられます。より安全と考えられる新しい製品への買い替えが容易な場合は問題ありませんが、そういうものばかりではないでしょう。ダストからの懸念物質の取り込み量を減らすためには、こまめな換気と定期的なダストの除去、空気清浄機の活用などが有効と考えられます。口に入れることを前提とした製品(おもちゃや食器など)以外のものを乳幼児のおもちゃ代わりにすることも避ける必要があります。もちろん、このような水際の対策だけでなく、抜本的には、製品設計の段階から機能性だけでなく安全面を考慮した物質への代替が望まれます。また、人健康や生態影響への有害性が懸念される物質の環境中への放出を抑える技術革新が強く望まれます。
<もっと専門的に知りたい方へ>文献
- Rauert C, Kuribara I., Kataoka T., Wada T., Kajiwara N., Suzuki G., Takigami H., Harrad S. (2016) Direct contact between dust and HBCD-treated fabrics is an important pathway of source-to-dust transfer. Science of the Total Environment, 545-546, 77-83
- Suzuki, G., Kida, A., Sakai, S., Takigami, H (2009) Existence state of bromine as an indicator of the source of brominated flame retardants in indoor dust. Environ. Sci. Technol., 2009, 43 (5), 1437-1442