私は現在、オーストラリアのシドニー大学に滞在しております。南半球の12月は夏を迎え,クリスマスの飾りとともにからっとした青い空が広がっています。現在,大学のキャンパス内は所々で新しいビルの建設が続いており,長い歴史のある校舎ととても現代的な建物が混在しています。例えば,私が所属している研究室(Integrated Sustainability Analysis: ISA) は,写真1の理学部物理学科棟にありますが,そのすぐ隣にあるナノサイエンス棟は,全体がガラス張りの斬新なデザインの建物です。二つの建物は2階に両者を往来できる通路がありますが,そこではちょっとしたタイムスリップ感を味わえます。
ISAの研究活動についてご紹介します。ISAはProf. Manfred Lenzenを筆頭に,Dr. Joy Murray,Dr. Arunima Malik,Dr. Arne Geschke,Dr. Jacob Fryのスタッフと多国籍の博士課程9名,修士課程2名の学生らと,個別技術や国の経済全体,人のライフスタイルに関わる環境影響や社会影響に関するフットプリント研究を行っています。また,ナウルなどの小さな島国の政府と連携して,島の環境と社会の両面を改善するためのエネルギー利用の効率化についても研究を進めています。持続可能性のシステム評価に関して,理論から実践まで広い研究テーマを扱っています。加えて,ISAは多地域間産業表(Multi Regional Input-Output table: MRIO) という世界各国の生産,消費,国際貿易との関係を網羅的に記述するデータベースの開発でも世界的に有名です。その一つであるEoraという世界187の国と地域の経済を連結したMRIOは,温室効果ガス,資源消費,生物多様性,水消費など多様なフットプリント研究に世界の多くの研究者から利用されています。Eoraを使った研究成果は,UN(国連),OECD(経済協力開発機構),EC(欧州委員会),IMF(国際通貨基金)などの国際機関が発行するレポートにも活用され,国際的な政策や制度設計の議論を科学的に支援しています。この多地域間産業表の開発は,国際的な視点からの政策支援に加え,国内の地域にも目を向けて発展しています。オーストラリアは非常に広く,南北の気候も,東西で産業構造も違っており,行政施策も州によって異なっています。ISAでは,オーストラリアの各地域の経済的,環境的なつながりを反映するMRIOを開発し,その手法を米国,中国,日本,インドネシア,台湾にも順に適用しています。日本については都道府県間だけでなく,市区町村の経済的特性を反映した地域間のつながりを分析できるMRIOの作成を目指しています。
研究以外に目を向けると,ISAが属する物理学科では,2週間に一度,「Physics morning tea」が開かれます。写真3のようなクッキー,マフィン,カップケーキといったお菓子が共用の部屋に用意されていて,自分の飲み物カップを持って,学生,教員,事務員の誰もが無料で参加できます。多いときには30名程度が集います。「Hi, how are you?」と近況について話をする人もいれば,少し挨拶したらお菓子を持って研究室に戻る人もいて,自由な雰囲気で運営されています。普段は接点がない人と挨拶をしたり,その時にたまたま来ている他大学の研究者を紹介したりと些細な時間ですが,少しずつ交流の輪を維持する定期的な機会を持つことで,毎年入れ替わっていく学生間だけでなく,スタッフの間のコミュニケーションの密度を保つことに貢献してきたのではと想像します。イギリス文化の影響を受けているオーストラリアでは,モーニングティーは保育園や小学校でもある慣習の一つですが,一方で,「20年前と比べると参加者が減ったし,若い人の参加が減った」という残念な声も聴きます。でも裏を返せば,そのように学科内のコミュニティの変化を察知できる"定期的な機会"になっていて,組織のマネジメントにも役立っているのではないでしょうか。仮に,同じことをやってみたらと考えると,「それは休憩時間なの勤務時間なの?」,「費用は誰が払うの?」,「準備は当番制?」,「参加する人だけが得をして不公平?」,「そんな余裕ない!」という議論を先に想像してしまう自分に反省してしまいます。ISAでの滞在では,先進的な研究だけでなく,職場の雰囲気づくりについてもヒントを得ていきたいと思います。最後にシドニーで見つけたお気に入りの買い物用の紙袋を紹介します。リユース(再利用)からリサイクルまでの大事なステップを気付かせるいいメッセージだと思いました(写真4)。