循環・廃棄物の基礎講座
2012年10月号

世界に広がるサプライチェーンと温室効果ガスの排出管理

南斉 規介

浸透してきたカーボンフットプリント

「この商品の生産から廃棄されるまでに排出されるCO2排出量は○○gです」と書いたラベルが貼ってある食品や生活用品を目にする機会も増えたのではないかと思います。この「カーボンフットプリント」と呼ばれるラベルは,温室効果ガス(GHG)排出量の重さを"見える化"することで,消費者に商品選びの新たな機会を与えるだけでなく,生産者の地球温暖化への取り組む姿勢を伝えています。日本では,2009年度にカーボンフットプリント制度試行事業が開始され,2012年より本格的な事業運用が行われています。

こうして着実に社会に浸透しつつあるカーボンフットプリントですが,その考え方の適用範囲は「製品」か「組織」へと広がっています。分かりやすく言えば,「この組織(会社や団体)の活動によって排出されたCO2は△△gです。」と表示していくことです。排出量をどのように計算するかについてのルール作りが国際的に進んでいます。例えば,国際標準化機構(ISO)は「Carbonfootprint of organization: 組織のカーボンフットプリント」と題するレポートを作成し,計算と報告の方法をまとめたガイドラインを策定しています。

イラスト:しげる

また,世界資源研究所(WRI)と持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)が主導するGHGプロトコルでは,スコープ3と呼ばれる規格を整備しています。スコープ3では,事業者の生産現場で発生するGHGだけでなく,事業活動の上流(モノを作るまで)と下流(モノの販売後)において,そのサプライチェーン(原材料等の調達)を通じて発生する全てのGHGを含めて,排出量の計算と報告を行います。

日本でも「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」の作成を環境省と経済産業省で行っており,国際的に急速に展開する,先に紹介したような組織の新たなGHG排出管理の枠組みを支援しています。これまで,生産現場での排出削減では限界を感じていた事業者にとっても,国内外に広がるサプライチェーンを見渡せば低コストで大きな排出削減の機会を発見できる可能性があります。オイルショック後から省エネを強化してきた日本の企業が自身のカーボンフットプリント管理においても世界をリードしていくことが期待されます。

サプライチェーンを通じた排出量を計算すると言っても,今やサプライチェーンは世界に広がっているため,そのためのデータ収集は容易ではありません。データ収集を効果的に進める必要があります。例えば,「生産量×"係数" = 世界での排出量」というように,まずは簡単に排出量を見積もって,重要な箇所を見極めてから詳しくデータを集めるという手順が有効です。

現在,当センターが行っている「重点プロジェクト1: 国際資源循環に対応した製品中資源性・有害性物質の適正管理」では,国際サプライチェーンを環境負荷や資源利用の観点から解析しています。その研究の一環として,日本で生産される製品や提供されるサービスを対象に「グローバルGHG排出原単位(t-CO2eq/百万円)」を推計しました。この原単位は,製品やサービスを百万円分生産(提供)すると,世界でどれくらいのGHGは排出されるかを示しており,先に触れた"係数"として利用できます。原単位の一覧は,地球環境研究センターの3EIDの「グローバル拡張」ページよりご覧いただけます。

例えば,「ビール」の原単位は1.83tCO2/百万円です。この内の18%が国内生産現場で,58%が缶の製造や電力消費等に伴い国内のサプライチェーンで,残りの28%は海外のサプライチェーンからの排出と推計しています。この数字から,国内のサプライチェーンに注力し,精緻化のためのデータ収集とGHG削減機会の調査に着手することが推奨されます。一方,「携帯電話」の原単位は3.32tCO2/百万円ですが,この内の51%が海外での排出と見積もっています。国内での削減が難しい場合は,海外のサプライチェーンに目を向けることも良いでしょう。また,見方を変えると,同じ機種を長く使用すれ新たに一台作る必要がないため,国内だけでなく国外の排出抑制にも大きく貢献できるということです。作り手だけでなく使用者にも排出削減の可能性が広がります。

組織から国へ,カーボンから環境影響へ

製品や組織のカーボンフットプリントのルール作りが進む中,国全体のカーボンフットプリントについても研究が進んでいます(2010年11月1日号参照)。図は2005年の日本経済全体のカーボンフットプリントを推計し,その世界分布を描いたものです。世界で排出した1675Mt-CO2eqの内,541Mt-CO2eqが国外で発生しています。特に,中国,アメリカ,オーストラリア,サウジアラビアやロシアへの排出が顕著です。組織のカーボンフットプリント管理が世界で広がれば,それと矛盾しない形で国の排出量を管理していくことが重要性になってきます。すなわち,国全体のカーボンフットプリントを管理する必要性は更に高まるものと考えられます。

同時に,カーボンだけでなく,多様な環境影響を含めたサプライチェーンの管理に向けて,製品や組織の"環境フットプリント"の議論が欧州で始まっています。私達はGHGだけでなくエネルギー消費や大気汚染物質の排出についても,同様の原単位を整備しました。環境フットプリントへ展開する足掛かりになればと思いますが,最新の研究では生物多様性についても国際サプライチェーンの視点から問題提起がされています。今後も,世界で起こる環境問題を広く捉え,日本がどのように関係し,その改善と管理に向けて何をすべきか(日本の国際的責任と役割)を研究を通じて考えていきたいと思います。

図 日本経済のカーボンフットプリント(国内最終需要に誘引された国内外のGHG排出量)の世界分布(2005年値) 図 日本経済のカーボンフットプリント(国内最終需要に誘引された国内外のGHG排出量)の世界分布(2005年値)
<もっと専門的に知りたい人は>
  1. Nansai, K. et al. Characterization of economic requirements for a "carbon-debt-free country". Environ. Sci. Technol., 2012, 46(1), 155-163.
  2. Nansai, K. et al. Estimates of Embodied Global Energy and Air-Emission Intensities of Japanese Products for Building a Japanese Input-Output Life Cycle Assessment Database with a Global System Boundary, Environ. Sci. Technol., 2012, 46(16), 9146-9154.
  3. Lenzen, M. et al. International trade drives biodiversity threats in developing nations, Nature, 2012, 486 (7401), 109-112.
<関連する調査・研究>
  1. 研究プロジェクト1
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