けんきゅうの現場から
2021年5月号

現場で役立つ廃プラスチックの分析技術を目指して

松神 秀徳

古いテレビのプラスチックケースの問題

日本では「家電リサイクル法」、という法律のもとで、エアコン、テレビ、冷蔵庫・冷凍庫、洗濯機・衣類乾燥機から有用な部品や材料をリサイクルして廃棄物を減らし、資源の有効利用を進めています。私たちは、家電製品を捨てる時に、まず対象品目を確認、そして回収方法を選択、家電リサイクル券に必要事項を記入します。そうすると、家電リサイクル工場で有用な部品や材料がリサイクルされ、資源が有効利用されます。しかし、古いテレビの中には、リサイクルされてはいけない部品が混ざっています。例えば、近年、国際条約で製造と使用が原則禁止された臭素系難燃剤のデカブロモジフェニルエーテル(2011年12月号「POPs条約におけるPBDEsの位置付け」参照)が含まれているプラスチックケースが挙げられます。

デカブロモジフェニルエーテルなどの特定の臭素系難燃剤は、動物実験で甲状腺ホルモンを減少させる可能性が指摘されています。プラスチックの安全安心なリサイクルのためには、こうした有害性が疑われている物質を見分けて取り除かなければなりません。しかし、目で見ても、デカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケースを見分けることができません。中には、プラスチックケースに含まれているデカブロモジフェニルエーテルの割合が1割を超えるようなものもありますが、残念ながら私たちはその違いを五感で感じとることはできません。そのため、古いテレビのプラスチックケースから新しいテレビのプラスチックケースをつくることは難しい状況のままであり、デカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケースの存在は、リサイクル工場にとって長年の問題となっていました。

プラスチック素材中のデカブロモジフェニルエーテルは、実験室内で有機溶剤を使った抽出やシリカゲルを使ったカラムクロマトグラムなどの面倒な前処理を行った後、ガスクロマトグラム質量分析計という繊細な計測装置を使って測定するのが一般です。しかし、この測定方法は、低濃度まで正確な測定値を得ることができるものの、測定結果が出るまでに丸1日かかってしまうこともありました。リサイクルの現場では1日何百台ものテレビが処理されるため、より簡単な作業で迅速に、デカブロモジフェニルエーテルを含むプラスチックケースかどうかを判定できる分析技術が求められていました。

そこで私たちは、古いテレビのプラスチックケースのリサイクルを目指して、現場で役立つ簡易迅速判定法を検討しました。今回は、その方法を紹介します。

プラスチックケースの簡易迅速判定法

少し難しいお話になりますが、この簡易迅速判定法は、試料に赤外光を照射し、反射した光の量と波長(波数)を測定する方法です 1。その光の量と波長(波数)の関係をグラフにすると、分子の構造や官能基に固有の赤外吸収パターン(赤外吸収スペクトル)、言うなれば、赤外線をあてたときに跳ね返ってくる光の成分の指紋のようなものが描かれます 2。こうした測定方法の特徴を活用することにより、プラスチックケースに含まれているデカブロモジフェニルエーテルを測定する試みがあったものの、それ以外のプラスチックケースを誤判定しないことまで、十分に調べられていませんでした。そこで私たちは、デカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケース(A)とそれ以外の臭素系難燃剤が含まれているプラスチックケース(B)と(C)の3試料を準備して測定を行い、デカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケースの判定基準を決めることにしました。

プラスチックケース(A)、(B)、(C)の赤外吸収スペクトルを図1に示します。デカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケース(A)の赤外スペクトルをみると、波数1350 cm-1付近にある大きな山が特徴的です。しかし、プラスチックケース(C)も波数1350 cm-1付近に大きな山があります。したがって、波数1350 cm-1付近の高さの違いで、デカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケースのみを判定することはできないことがわかりました。その一方で、波数1340 cm-1の高さと波数1364 cm-1の高さを比べると、デカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケース(A)では、波数1340 cm-1の高さ>波数1364 cm-1の高さの順であるのに対して、それ以外の臭素系難燃剤が含まれているプラスチックケース(B)と(C)では、波数1340 cm-1の高さ<波数1364 cm-1の高さの順です。したがって、波数1340 cm-1の高さと波数1364 cm-1の高さを比べて、波数1340 cm-1の高さ>波数1364 cm-1の高さの順であることを、デカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケースの判定基準とすることにしました 3

プラスチックケース(A)、(B)、(C)の赤外吸収スペクトル 図1. プラスチックケース(A)、(B)、(C)の赤外吸収スペクトル

簡易迅速判定法の計測装置は、リサイクル現場での操作性を考えて、持ち運びできるコンパクトなタイプ(20 cm×20 cm×11.4 cm)を使います。操作手順はとても簡単です(図2)。まず、試料を置く場所をきれいにします。次に、プラスチックケースをセットして上から押さえつけます。このときに、カッターなどを使って削り落とした表面をセットすると、毎回、光の量を安定して測定することができました。最後に、測定のスタートボタンを押すと、6秒後に測定が終了し、上記の判定基準に従って判定された結果が画面上に表示されました。

FTIR-ATR法によるデカブロモジフェニルエーテル含有プラスチックケースの簡易迅速判定の手順 図2. FTIR-ATR法によるデカブロモジフェニルエーテル含有プラスチックケースの簡易迅速判定の手順

今後の展望について

今回紹介した簡易迅速判定法は、使用済みエアコン電源ボックスを対象に行った実験で、意図的にデカブロモジフェニルエーテルを添加したプラスチックを誤判定なく簡易に判別することができました4。リサイクルの現場でデカブロモジフェニルエーテルが含まれているプラスチックケースを簡単に判定できると、デカブロモジフェニルエーテルが含まれるものを取り除き、含まれないものだけを集めてリサイクルできるようになります。また、現在、環境中に流出したプラスチックの問題が世界各地で注目されています。その中では微細化されたプラスチック素材に含まれていたデカブロモジフェニルエーテルによる環境リスクを懸念する声もあります。私たちが開発した簡易迅速判定法は、こうしたマイクロプラスチック汚染の現場での活用も期待される方法です。

参考資料
  1. 西岡利勝, 寶崎達也. 実用プラスチック分析. オーム社, 2011, 605p.
  2. 大谷肇, 佐藤信之, 高山森, 松田裕生, 後藤幸孝. 高分子分析, 共立出版, 2013, 220p., (分析化学実技シリーズ, 応用分析編, 4).
  3. 松神秀徳, 梶原夏子. 第26回環境化学討論会要旨集, 2017, P‐027.
  4. 梶原夏子, 松神秀徳. 第28回環境化学討論会要旨集, 2019, 1B-11.
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