インフォグラフィックス(infographicsあるいはinformation graphics)とは、インフォメーション(information)とグラフィックス(graphics)を合成した造語です。長年、インフォグラフィックス・デザインに携わっている木村博之氏は、著書1のなかで、『インフォグラフィックスとは、複雑な内容やイメージしづらい物事の仕組みなどを、把握・整理し、視覚的な表現で、他の人に情報を分かりやすく伝えるグラフィックデザインのこと。絵や図で説明すると、言葉で伝わらない事でも簡単に理解できる。それが、インフォグラフィックスの目的であり、理想である。』と紹介しています。実は、私たちの身の回りにもたくさんのインフォグラフィックスの実例をみることができます。例えば、電車の路線図、フロアの案内標識、教科書や参考書のグラフ、各種の宣伝広告などにも活用されています。また、インターネットで検索すると、非常に多くのインフォグラフィックスが身の回りにあることを実感できると思います。
インフォグラフィックスのメリットとしては、図解化により、複雑な情報でも分かりやすく伝えることができる点が挙げられます。私たち研究者も日々、情報を扱っていますが、情報の伝え方という点で、インフォグラフィックスは多くの学びを提供してくれます。また、近年、学術論文誌のなかには、論文の内容を象徴する1枚の絵を、グラフィカルアブストラクト(あるいはTable of contents(TOC)アート)として論文と共に公開する方式を採用しているものも多く、研究成果の発信の面でも情報を分かりやすく伝える為の工夫が求められています。(例えば、図1は、世界経済の発展に伴って拡大を続ける採掘活動量と日本の寄与の変遷を解析した論文2に添えたTOCアートですが、この雑誌では、読者の注意を惹くべく、原稿の本質を素早く視覚的に印象付けることが求められています。)
そこで、私たちの研究グループでは、木村氏を講師に招き、オンライン形式での図解化セミナー(通称、インフォグラフィックス塾; 以下、IG塾)を重ねることで、「わかりやすさ」を追求するための学びを深めてきました。全8回のセミナーでは、インフォグラフィックス制作のキーワード(図2参照)として「コンセプト」、「軸」、「スパイス」を取り上げた座学、事前に提示された課題(例. 自分の部屋の見える化、自分の仕事の紹介など)に関する発表・ディスカッションなどを通じて、コンセプトを考える要素や軸の当てはめ方などを学んでいます。
ある日は、『「串揚げ屋のソースの二度漬け禁止ポスター」をつくる』が課題として設定されました。この課題では、伝えたい相手として、外国人や串揚げが初めての日本人を想定し、伝えたい情報として、串揚げをソースに浸すのは最初の1回のみ(食べかけを漬けるのは厳禁)という情報を伝えるべく各々がポスターを作製しました。ある参加者は、ピクトグラムを用いた対比的な表現、また、ある参加者は、漫画的な描写で食べ方の流れを伝える表現などに挑戦しました。この課題を通じて、どんな場面設定にするのか、だれの目線で注意を与えるのかを視点の移動でしっかり決めた上で、OKや禁止をどのように表現するのか、1つの図形で言い表すのか、時間の経過がみえるような2つ以上の図形を用いるのか、矢印を使って動きを効果的にするのか、文字は添えるのかを考えると共に、場の行動の観察(あるいは想像)や家族・知人へのインタビュー等を通じて、視点を変えてコンセプトを考えることの重要さを学びました。
IG塾での学びのなかで、伝えたい情報を明確にする「Clear」、見る人の目と心を惹きつける「Attractive」、簡潔化「Simple」、スムーズな目線の誘導「Flow」、言葉がなくても理解させる「Wordless」を通して、"伝えたいメッセージ"を"伝わるメッセージ"として表現していくことの重要性を実感すると共に、絵心の有無にかかわらず全ての参加者が、気付きを得ていることを実感しています。なお、この記事を書いている時点では、折り返しを過ぎたころですが、私自身も、少なからず、自らの視点や表現方法に広がりが出てきたように感じています。未だ学びの途中ではありますが、研究者として、分かりやすい情報の発信を心がけていきたいと思っています。
- 木村 博之(2010), インフォグラフィックス 情報をデザインする視点と表現, 誠文堂新光社
- Nakajima K.; Noda S.; Nansai K.; Matsubae K.; Takayanagi W.; Tomita M. Global distribution of used and unused extracted materials induced by consumption of iron, copper, and nickel. Environ. Sci. Technol. 2019, 53, 1555-1563. doi.org/10.1021/acs.est.8b04575