循環・廃棄物の基礎講座
2012年5月号

アジア農村地域の家庭用バイオガスシステム---中国の事例紹介

徐 開欽

はじめに

家庭から排出される生ごみや人・家畜排泄物等の有機性廃棄物を原料として小規模なタンクで微生物発酵を行い,回収したバイオガスを家庭で使用するエネルギー循環システム(家庭用バイオガス施設 ,図1)が,途上国を中心に世界中で広く使用されています。最近では,ドイツ等先進国でも,個人用の小規模バイオガス施設の普及推進の動きが見られています。特に中国では家庭用施設の歴史が長く,また,世界で最も多くの施設が存在し,2010年にその数は4000万基に達したといわれています。日本にも、住民主体で作成された中国式のバイオガス施設がいくつか存在します。家庭用バイオガス施設の普及は中国農村における生活および環境改善,再生可能エネルギー確保の3つの点で,現在のところ成功を収めており,有効な農村振興・資源循環策であると評価できます。このバイオガス施設は,日本や欧米で導入されているプラントと比較して,コスト低減を追求したシンプルで低効率なシステムであり,単にスケールダウンしたものではありません。加温設備も撹拌装置もない低効率な装置であるにも関わらず,炊事のためのエネルギーを自給できるという点,バイオガスを直接ガスとして利用することで,効率的なエネルギー使用を行っている点などは注目に値するといえます。しかしながら,中国の家庭用バイオガス施設に関しては,中国国内での研究および中国語の技術資料が多く,その実態は日本であまり認知されてきませんでした。ここでは、中国農村地域の家庭用バイオガス施設の政策や普及状況を中心に解説を行います。

図1 中国農村地域の家庭用バイオガスシステムの仕組み 図1 中国農村地域の家庭用バイオガスシステムの仕組み

家庭用バイオガス施設普及の歴史・政策

イラスト中国でのバイオガス施設の普及の歴史は約90年前に遡ります。中国で最初のバイオガス施設の実用化は1920年代に報告されており,それはバイオガスを炊事や照明に利用する6人家庭用の施設でした。1935年には,最初のバイオガス関連会社の設立が記録され,その後,1958年に政府主導による農村地域を中心としたバイオガス施設の建設推進が始まりました。1970年代初頭になると,人および家畜の排泄物を原料とする農村向け家庭用バイオガス施設の建設が,全国的に大規模に進められました。しかし,この期間に建設された施設は,技術的未熟さ,建設材料の質の悪さ,そして適切な管理の欠如等問題が多く,次第に使用されなくなりました。1980年代になると,中国のバイオガス関連業界はこれまでの経験と問題点について分析をはじめ,新世代型のバイオガス施設の建設がスタートしました。2000年代に入ると,中国では急速な経済成長の中でエネルギーの安定供給が課題となり,再生可能エネルギーの利用に注目が集まると同時に,都市と農村との経済格差,人口流出等が社会問題となり,農村振興が課題となりました。2006年に「再生可能エネルギー法」が施行され,中国の中長期的な再生可能エネルギー発展計画が示されました。その中で,2010年までに農村における家庭規模バイオガス施設の導入戸数を4000万戸とする目標を設定し,上述のようにそれが最近実現されました。農村家庭では,この施設の導入により,薪に代わる燃料の確保,ふん尿の適性管理による衛生環境の改善,農業用肥料の利用等の利益を享受でき,生活・環境が改善されました。このような急速な普及拡大には,政府の財政支援が果たした役割が大きいといえます。2003年に施行された「農村バイオガス建設融資プロジェクト管理法」では,個人が行う一つのバイオガス事業(容積8m3の発酵槽)に対して地域の経済水準に応じて800元~1200元が中央政府から補助されることになっています。現在中国農村部の一人あたりの年間所得は平均6000元程度ですから、補助額はそれの約2割に相当します。このような中央政府の方針を受け,地方政府ではバイオガス関連の技術者養成およびそれら技術者による建設・管理のサポート,バイオガス関連企業への優遇税制等,さらに詳細な実施政策が策定されています。このように,中国では国策として家庭用バイオガス施設の推進が強力に図られてきました。

家庭用バイオガス施設の建設数と分布

2000年代以降に中国の農村家庭用バイオガス施設の建設数は急激な伸びを見せています。全国の家庭用バイオガス施設数は,90年代までは500万基程度でしたが,2000年代には毎年100万基以上の建設が行われ,2009年末時点で3507万基に達しました。施設数に注目すると,行政区 (省や自治区)内に100万基以上の目立って多数の施設を有するのは河北省が北限であり,冬期に寒冷となる東北部や西北部の行政区では相対的な施設数は明らかに少なく,多い区でも80万基程度です。家庭用施設の発酵タンクは,基本的には無加温で運転されるため,寒冷地域での低い反応効率は従来問題点として指摘されていました。コストをかけないタンク加温の仕組みも開発されてきましたが,施設数は大きくは伸びていないようです。一方で,温暖な地域では発酵タンクの運転が効率的に行われると考えられますが,施設数は必ずしも多いわけではなく,内陸部に集中しています。 沿岸部にあり,農民の所得が全国平均の倍程度である上海市,江蘇省,浙江省では施設数が明らかに小さいといえます。300万基を超える施設を有する地区は,河南省,四川省,広西壮族自治区の3つです。家庭用施設からの年間バイオガス発生量は,全国合計で124億m3であり,上記3地区では年間12~17億m3のバイオガスが発生しています。イラスト一戸あたり年間バイオガス生成量は,242~720 m3の範囲で分布しており,上海以南の温暖な地域におけるその値は,それ以外の地域と比較して明らかに高いです。バイオガス1m3あたりの熱量は6000kcalであるため,全国での発生バイオガスのエネルギーは744 T calに達し,これは1億600万トンの標準石炭のエネルギーに相当します。

家庭用バイオガス施設の課題

これまで家庭用バイオガス技術の課題として指摘されているのは集約すると, (1) 農業残渣等に含まれるセルロース,リグニン等の難分解性物質の加水分解促進;(2) 低温地域における反応速度向上とスタートアップ迅速化;(3) バイオガスの安定な生成;(4) バイオガス利用方法の多様化;(5) 適切な施設管理;(6) 消化液の液肥利用促進 等があります。また,家庭において投入原料の不足ゆえに満足できる量のバイオガスが得られないことはよく指摘されているため,農業残渣等未利用バイオマスからのバイオガス生成増大は重要です。他にも,低温地域での反応速度向上や発酵槽の安定性といった学術的・技術的な面で解決していかなければならない課題がまだ存在しています。

<もっと専門的に知りたい人は>
  1. 小林,徐ら:中国農村地域における家庭用バイオガス施設の現況,用水と廃水,53(9),707-717,2011
  2. 徐,小林:中国における水環境の現状とその保全対策の動向,産業と環境,40(11) (No.467),73-82,2011
<関連する調査・研究>
  1. 研究プロジェクト2
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