循環・廃棄物のけんきゅう
2014年5月号

汚染廃棄物焼却過程における放射性セシウムの化学形態を推定するために

倉持 秀敏

はじめに

福島第一原子力発電所の爆発事故により、大量の放射性物質が放出され、東日本の多くの地域では、生活環境が放射性物質、特に、放射性セシウムに広く汚染されました。その結果、我々が毎日出す都市ごみも汚染されており、それらを焼却処理したところ、焼却灰に放射性セシウムが高濃度に濃縮されることが問題となりました。例えば、我々の調査では、主灰(焼却炉の底部から排出される灰)に8.4倍濃縮され、飛灰(排ガス中に存在するばいじん)に平均で29倍濃縮されていました1。これは燃えて減容化されて灰に濃縮された結果です。濃縮することはわかっていますが、焼却の際に放射性セシウムがどのような化学形態になっているのか、つまり、セシウム化合物の特定とその状態は明らかになっていません。化学形態を知ることで、処分まで含めた適正な処理・処分の計画や安全に施設の維持管理が行えるからです。

化学形態を推定するには

まず、汚染廃棄物の焼却処理で生じた主灰や飛灰には、放射性セシウムがどの程度含有されているのでしょうか。ニュースなどでも焼却灰の含有量として数千や数万Bq/kgという値を耳にしますが、mol/kgという化学の世界で一般的単位にすると、放射性セシウム137の場合、10,000Bq/kgは2.3×10-11mol/kgになり、極めて低い含有量です。このレベルの含有量では、放射能濃度を測ることはできますが、高度な分析機器でも放射性セシウムの化学形態を明らかにすることは困難です。そこで、我々は、化学平衡計算という手法を利用しました。化学平衡計算を用いると、任意の元素組成、温度、圧力において安定に生成しやすい化合物を見つけ出すことができます。我々の研究では、FactSageという計算ソフトを利用しました。このソフトをそのまま用いて計算すると、都市ごみや下水汚泥を燃やした場合には、セシウムはすべて塩化セシウムのガスとなって揮発するという結果になります。セシウムと同じアルカリ金属のナトリウムに例えると、食塩(塩化ナトリウム)がガスとなって揮発するようなものです。この結果は残念ながら実際の現象を表現できません。例えば、焼却炉の底部から排出される主灰に濃縮されること、つまり、固体として放射性セシウムが主灰に残存していることを説明できません。さらに、水によく溶ける塩化セシウムの化学形態では、都市ごみの主灰や下水汚泥の焼却灰から放射性セシウムはほとんど溶出しない結果(図1)とも矛盾します。そこで、セシウムと同じアルカリ金属であるカリウムに着目してその化学形態を調べてみました。図2aのように、カリウムの結果では、塩化カリウムのガスと固体のカリウムアルミノシリケート(場合によってはカリウムシリケート)が生成されることがわかりました。なぜ、セシウムのアルミノシリケートやシリケートが生成されないのでしょうか。それは計算ソフトにある生成化合物の熱力学データベース(化合物の性質を表す関数のデータベース)にそれらのセシウム化合物が存在していないからです。

図1 都市ごみの主灰と飛灰および下水汚泥焼却灰からの放射性セシウムの溶出率 (*: 安定(セシウム)) 図1 都市ごみの主灰と飛灰および下水汚泥焼却灰からの放射性セシウムの溶出率 (*: 安定(セシウム))

化学形態と存在割合をより正しく推定する

そこで我々は、既報の熱力学データを引用、もしくは関連化合物のデータを近似することにより、セシウム化合物の熱力学データベースを整備しました。その結果、図2bのように、都市ごみの燃焼の計算では、塩化セシウムガスとセシウムアルミノシリケートが生成され、下水汚泥の燃焼では、セシウムアルミノシリケートのみが生成することがわかりました。したがって、都市ごみの焼却処理における放射性セシウムの振る舞いとして、生成される塩化セシウムガスは排ガスの冷却過程で飛灰に付着し、また、生成されるアルミノシリケートについては主灰に残存すると考えられます。アルミノシリケートは水にほとんど溶けないので、主灰もしくは下水汚泥焼却灰からの溶出性も矛盾無く説明することができます。また、塩化セシウムの高い水溶性は、飛灰からの放射性セシウムの溶出性が高い結果(図1)と一致しています。

図2 都市ごみおよび下水汚泥の燃焼系に対する平衡計算結果(燃焼温度:850℃,a: カリウム(K)化合物,b: セシウム(Cs)化合物) 図2 都市ごみおよび下水汚泥の燃焼系に対する平衡計算結果
(燃焼温度:850℃,a: カリウム(K)化合物,b: セシウム(Cs)化合物)

今回の計算結果は、燃やすものの元素組成がセシウムの振る舞いに影響を与えることを示唆しています。これは元素組成をコントロールすることで、放射性セシウムの化学形態や存在割合も制御できる可能性を示しています。すなわち、主灰と飛灰への濃縮率や溶出性を制御できる可能性があります。しかし一方で、元素組成が一定でない都市ごみや下水汚泥では、組成変動が化学形態と存在割合にどう影響するのでしょうか。本研究でもその点を検討しました。その結果を図3に示します。都市ごみの場合には、塩化セシウムガスになる割合が100%から65%まで大きく変動していました。一方、下水汚泥の場合にはほとんど変化しない結果となりました。この変動は、それぞれの飛灰と焼却灰の溶出率の変動と似ており、やはり組成の影響が反映されているものと考えています。

図3 平衡計算における都市ごみおよび下水汚泥の元素組成変動が燃焼時のセシウム化合物の生成割合へ与える影響(実線のバーが最大値と最小値を示しています) 図3 平衡計算における都市ごみおよび下水汚泥の元素組成変動が燃焼時の
セシウム化合物の生成割合へ与える影響(実線のバーが最大値と最小値を示しています)

適切に化学平衡計算を用いることができれば、今回のように現象を理解する上で有力な解析手法となります。そこで、この結果を基に焼却シミュレータを開発しています2。また同時に、アルミノシリケート含めてセシウム化合物の熱力学データをより理論的に正確なものとしつつ、その化合物の種類を増やすことを進めています。

参考資料
  1. 倉持ら,環境放射能除染学会第2回研究発表会予稿集,64(2013)
  2. 由井ら,廃棄物資源循環学会第24回研究発表会予稿集,459-460(2013)
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