2010年6月21日号
製品中化学物質の代替滝上英孝
製品中化学物質の「代替(だいたい、だいがえ)」というと、その物質のもつ生物毒性や環境破壊(温暖化、オゾン層破壊、大気や水域の酸性化など)の可能性など、負の側面が問題視されて使用の表舞台から姿を消し、別の物質に置き換わるという意味があります。もともと、その物質のもつ優れた機能性や利便性など正の側面が注目されて製品に使用されたわけですが、負の側面まで把握され、問題ないことが分かった上で使用されている物質は稀有ではないでしょうか。逆に、毒性が分かって使用をやめた時点では、既にその物質は広く環境を汚染していたという例が数多くあります。 代替が進められてきた化学物質の例を3つ挙げます。 ひとつは、フロンです。冷蔵庫の冷媒として有名なガス状の物質ですが、特定フロンと呼ばれる種類がオゾン層を破壊することが分かり生産が中止されました。代わりに代替フロンが使用されるようになりましたが、その代替フロンも温室効果ガスであることが分かり、日本では使用後の回収が義務付けられています。現在は代替フロンの代替物質(ややこしいですが)が模索されています。 2つめは、VOC(揮発性有機化合物)です。VOCは、光化学オキシダント及び浮遊粒子状物質の原因物質とされています。VOCの排出源として塗装や接着、印刷、化学品製造など6業種が大気汚染防止法の規制対象となっていますが、これらの業種で製造、使用される塗料やインキ、接着剤、洗浄剤などがVOCを含まない、あるいはVOC低含有の水性物質に代替されてきています。 3つめは、鉛はんだです。鉛はんだは鉛とスズの合金で基板加工などに使われていましたが、鉛の毒性が高く、環境汚染、作業環境曝露を避けるために鉛フリーはんだ(スズと銀、銅、ビスマスなどの合金)に代替されてきています。一方で、鉛フリーはんだは、高価で、融点が高く、加工により多くのエネルギーを要し、劣化、浸食等による断線の問題も挙げられています。 製品中の化学物質そのものの代替事例について触れましたが、そういった場合のみならず、製品の製造プロセスで使用していた化学物質(触媒や原料など)を違うものに置き換えた場合や、製造プロセスから排出されていた化学物質を抑制できるようになった場合も、環境汚染を防ぐ観点から、広義の「化学物質の代替」といえると思います。 POPs(残留性有機汚染物質)については、ストックホルム条約でその廃絶が目指されており、前の段落で述べたように、POPsの製品としての使用、製造プロセスでの使用、プロセスから排出の全てにおいてPOPsの代替が求められています。PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)は撥水剤として広く用いられてきましたが、POPsに認定され、限定用途(エッセンシャルユース)以外の使用は認められなくなりました。また、有機臭素系難燃剤であるPBDE(ポリ臭素化ジフェニルエーテル)の製剤についてもPOPsに追加されました。これらの物質の代替化は既に進んでいますが、代替物質としては、やはりPFOSやPBDEと同じフッ素や臭素を利用した物質、構造が類似した物質が用いられる場合が多くあります。機能の維持や素材との相性などを考慮した場合、このような、いわばマイナーな代替が妥当かもしれませんが、「リスク」について代替(削減)できているのか疑問に思う向きもあります。 製品中化学物質の代替については、素材、部材製造、製品組み立てといったサプライチェーン全体を巻き込んで、相当な時間とコスト、それに代替物質の研究開発力といった産業界の「体力」が必要になっています。特に中小企業にとって、代替への対応は、基本的な情報収集を含めて非常に困難です。このような状況を考慮して、化学物質の代替の取り組みを促すための公的な支援策が提案されるようになってきています1)。今後の展開、発展に期待したいと思います。 公的な取り組みという点で、欧州では、例えば車の自動車燃費基準(CO2排出量規制)など、一見非合理的とも思える高いハードルが設定されて(規制の枠組みが決まる時期が極めて早くなっています)、一定期間を経て、ある年限までに実施に移されるという流れがあります。燃費基準に限らず、廃自動車指令や廃電気電子機器指令、RoHS指令やREACH規則(2007年6月18日号「化学物質を管理するということー欧州の新たな化学物質管理法ー」参照)まで種々の環境規制が同様の方式で続々と導入されています。一方、日本では規制基準については、審議会での議論を踏まえて、関係省庁の担当部課が調整に努め、決着を図るやり方となっています。製品中の化学物質の代替のあり方についても、国際的な動向をにらみながら、企業側の対応のみならず、国を挙げての積極的な取り組みが必要になりそうです。 <参考資料> |
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