2008年5月12日号
イェール大学産業エコロジーセンター滞在記(3)橋本征二
イェール大学の林業・環境学スクールには「産業エコロジー」という科目の授業があります。産業エコロジーセンターのGraedel教授が開講している科目ですが、春学期(1月〜4月)、この授業の一部に参加させていただくことができましたので、今回はその内容についてご報告したいと思います。 授業は毎週2回、計25回ですので、日本の大学のほぼ2科目分に相当します。単に講義というわけではなく、授業の最初に学生による数分のディベートが何度かあり、毎回の講義に対してはリーディングと呼ばれる予習が課されます。また、2週間の春休みにはフィールドワークがあり、その報告をする時間にもなっています。 講義の中で特に興味深かったのは、導入の段階で話される産業エコロジーという分野の起こりや、生物学的生態系(biological ecosystem)と産業生態系(industrial ecosystem)の比較の部分でした。この比較の部分では、生態系を構成する有機体(organism)の特徴とは何か、産業における有機体とは何か、というところから話が始まります。 物質フロー分析は社会における有機体間のモノのやりとりを記述しようとするものですので、生態学における食物連鎖の分析や栄養素のフロー分析と類似させて語ることができます。もちろん相違点も多々ありますが、生態学の分野における分析ツールで、我々の分野に応用できそうなものがいろいろあるのではないかと感じ、私も現在いろいろ調べているところです。 授業の最初に何度か行われたディベートも楽しめる部分でした。4名の学生が2名ずつ2つのグループに分かれ、あるテーマ、例えば「中国は産業エコロジーを実践するのに理想的な場所である」「白金は米国の経済にとって重要な資源である」「フードマイレージという概念は産業エコロジーにとって有益である」 といったテーマについて、賛成・反対の立場でそれぞれ下調べを行い、発表とそれに対する質疑応答をします。自分が賛成の立場に立ったら、反対の立場に立ったらどのような主張を展開するだろうか、と考えてしまいます。このような試行は、さまざまな事象の利点と課題を浮き彫りにし、また、ある立場を主張する際の論理を組み立てるよいトレーニングになるなと感じました。 リーディングは、毎回、Graedel教授による「Industrial Ecology」(Prentice Hall College Div)というテキストの1〜2章に加え、2つ程度の文献が割り当てられます。したがって、1回の授業あたり数十頁を読まなければなりません。これをまじめにこなしたら、それだけで相当の学力になるはずです。 フィールドワークは、ハワイと近場の工業地帯で行われました。ハワイとは正直驚きましたが、いずれもある地域やある産業の物質フロー、産業間のつながりや産業連関分析(産業連関分析の概要については「私たちの消費と廃棄物とのつながりを追う」を参照ください)に関するもので、授業で習ったことを実際にやってみるというものです。 確かに、島という隔離された状態が、このような情報を集めやすくしていることは事実で、昨年まではカリブ海のプエルトリコに足を運んでいたようです。 学生はとにかく講義の途中であっても自由に手を挙げ、質問をします。ごくごく基本的なものからするどいものまで多様です。興味深かったのは、「持続可能性を何年くらいのスパンで考えるか」、また「炭素隔離技術についてどう考えるか」という話になったとき、学生の間で発言が止まらなかったことです。 Graedel教授が授業の中で何度か触れられたことで印象的だったのは、「10年ほど経てば、君たちが、例えば環境保護庁や企業などで意思決定をする立場になる。しっかり考えるように。」というものでした。 私もこの授業の一コマを与えられ、日本の循環型社会の考え方や循環基本計画における物質フロー目標などを中心に、この分野の研究と政策との関わりついてお話ししました。日本では、「産業エコロジー」を冠した講義を開講している大学はないと思いますが、多くの場合「環境システム」と名前がついているコースや授業が、比較的近い内容の教育を行っています。 なお、欧州では、産業エコロジーと銘打ったプログラムや学位を提供している大学があります(ノルウェー、オランダ、スウェーデンなど)。 |
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