循環型社会・廃棄物研究センター オンラインマガジン『環環kannkann』 - 循環・廃棄物のけんきゅう!
2010年3月8日号

鉄鋼業におけるCO2排出量と最終処分量のトレードオフ

河井紘輔

 日本における2007年度の温室効果ガス総排出量はCO2換算で約13億7100万トン、そのうち約4億6800万トンが産業部門からのエネルギー起源CO2排出量です。さらに産業部門において排出量が最も多いのが鉄鋼業で、約1億7600万トンを排出しています。鉄鋼業では地球温暖化対策として、粗鋼生産量1億トンの場合、2010年度の鉄鋼生産工程におけるエネルギー使用量を1990年度に対し10%削減する目標を掲げています。これまで順調にエネルギー使用量は減少し、2008年度では目標値を上回る11.5%削減を達成しています。一方、廃棄物対策として、2010年度の産業廃棄物最終処分量を1990年度に対し75%削減し、50万トン程度とすることを目標に掲げていますが、2007年度では67%削減の75万トンに留まっています。

 鉄鋼業において最終処分量が思うように削減できない理由のひとつが鉄鋼スラグです。鉄鋼スラグとは、製鉄工程において鉄鉱石や鉄スクラップから鋼(はがね)を作り出す際に生産される副産物で、各種の鉱物成分を多く含んでいます。鉄鋼スラグは大きく分けて銑鉄製造工程で生産される高炉スラグと、製鋼工程で生産される製鋼スラグの2種類があります。高炉スラグ及び製鋼スラグの大部分はセメント原料、路盤材、コンクリート用骨材などとして有効利用されている一方で、製鋼スラグの一部は最終処分されています。有効利用されず、最終処分に至る大きな理由のひとつが、製鋼スラグ中に含まれるふっ素(F)です。ふっ素の健康被害としては、斑状歯(歯に白い斑点やしみなどの症状が現れるもの)、骨硬化症、甲状腺障害などが報告されています。鉄鋼スラグなどの産業系副産物を建設資材などに有効利用する際の明確な基準がないために、土壌環境基準あるいは土壌汚染対策法指定基準が準用されているのが現状ですが、一部の製鋼スラグはふっ素がその基準を満たしていないという理由で有効利用できず、最終処分をせざるを得ない状況になっています(土壌汚染対策法指定基準では、ふっ素の含有量基準は4,000 mg/kg以下、溶出基準は0.8 mg/L以下)。

 これまで製鋼工程では不純物除去のために、カルシウム酸化物のスラグ化を促す溶剤として蛍石(CaF2)を利用してきました。鉄鋼業で使用される蛍石は年間15〜20万トンで、そのほとんどが製鋼工程で使用されます。これにより、溶融状態に至る融点も下げることができ、エネルギー効率も高めることができます。しかし蛍石を利用することにより、結果的に製鋼スラグがふっ素を多く含んでしまい、最終処分せざるを得ない製鋼スラグが生じます。そこで鉄鋼業では、蛍石ではなく、代替溶剤を利用したり、製鋼工程での温度を上昇させて蛍石使用削減に努力し、製鋼スラグ中のふっ素含有量の低減を図り、有効利用を進めてきました。

図1 電気炉スラグの最終処分量と電気炉での蛍石使用量の推移
図2 電気炉スラグの最終処分率と粗鋼(電気炉)1トン生産当たりのエネルギー使用量の推移

 図1は電気炉スラグの最終処分量(棒グラフ)と電気炉での蛍石使用量(折れ線グラフ)の推移を表したグラフです。蛍石の使用量が徐々に削減されるとともに、電気炉スラグの最終処分量も減少していることがわかります。しかし、蛍石使用削減の代わりに製鋼工程での温度を上昇させるということは、すなわちそれだけ追加的にエネルギーを使用することにつながり、CO2排出量を増加させてしまいます。

 次に図2をご覧ください。年間生成量のうち最終処分された割合を「最終処分率」とすると、電気炉スラグの最終処分率(点線)は1984年の43.4%をピークに着実に減少して2000年以降は10%を下回りました。その一方で、粗鋼(電気炉)1トン生産当たりのエネルギー使用量(実線)は1990年から徐々にではありますが、増加し続けています。エネルギー使用量の増加は、蛍石使用量の削減が要因のひとつとして考えられます。なお、製鋼工程におけるエネルギー消費量は鉄鋼業全体のわずか4.3%ですが、鉄鋼業におけるエネルギー消費量は相当多いので、4.3%と言っても決して無視できない大きさです。

 このように、エネルギー使用量、すなわちCO2排出量の削減を目指すべきか、それとも最終処分量の削減を目指すべきか、鉄鋼業ではこの2つの環境問題のトレードオフという悩ましい課題に直面しています。このトレードオフの問題解決には、両者を同時に解決するための技術開発を進めていくことが考えられますが、その前に、蛍石使用量の削減によって、どの程度CO2排出量が増加し、どの程度ふっ素による環境リスクが低減するのかといった、定量的な関係を理解しておく必要があります。そこで私たちは、両者の定量的な関係について研究を行っています。現時点では解決策は見出せていませんが、例えば、蛍石使用量を制限した際の炉の温度変化に着目し、エネルギー使用量原単位を明らかにすれば、CO2排出量と埋立処分量とのトレードオフ方程式を得ることができるのではないかと考えています。

 製鋼スラグの多くは混合製品あるいは複合製品の一部として有効利用されています。これら混合製品あるいは複合製品が2次あるいは3次利用された場合でも環境安全性(2007年4月16日号「ごみの建設材料へのリサイクルと環境安全性」参照)が確保できるのであれば、現在は最終処分されている製鋼スラグも有効利用が可能となり、最終処分量の削減にも貢献するものと思われます。十分なリスク評価を実施した上で、製鋼スラグの有効利用を後押しするためには、土壌環境基準などとは異なる新たな基準が必要となります。どうすればCO2排出量と最終処分量のトレードオフ課題を克服できるのか、現在、関係者間で議論を進めています。

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