以前の記事(化学物質の環境排出量と廃棄物処理・リサイクル(2018年4月号))で書いたように、私たちの便利な生活は、様々な化学物質に囲まれ、また支えられています。その一方で、化学物質は使い方によっては人や環境に悪い影響を及ぼす可能性があり、化学物質はその利用に伴って悪影響が生じないようにすることが必要です。
2002年に南アフリカで開催された持続可能な開発に関する世界サミット(WSSD)で採択された実施計画書や2015年の国連サミットで策定された持続可能な開発目標(SDGs)の中で、化学物質を適切に管理し、人の健康や環境への悪影響を最小化するという目標が掲げられています。そのための手段として2006年に採択された国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)やSAICMの後を受けて2023年に採択されたGlobal Framework on Chemicalsという枠組みにおいて、化学物質の製造、使用から廃棄までのライフサイクル全体でリスクを削減する取り組みが求められています。
ライフサイクルの上流側に位置する化学物質の製造や使用については、国内および国際的に様々な法制度等によって管理が行われてきています。一方、近年は、ライフサイクルの中でも下流側に位置する廃棄物処理やリサイクルにおける有害な化学物質の管理の必要性がクローズアップされてきています。有害な化学物質の製造や使用を制限することでいずれは廃棄物や循環資源に含まれる有害な化学物質を減らすことができますが、過去の製品に使用された化学物質や使用を減らすことができない化学物質については処分される廃棄物や再生された材料へ混入しないように廃棄物処理やリサイクル段階で適切に無害化や除去することも必要です。
廃棄物処理やリサイクルにおいて有害な化学物質を適切に管理するためには、どのような廃棄物や循環資源にどのような化学物質が含まれているかという情報が役に立ちます。廃棄物処理業者やリサイクル業者がそのような情報を知ることができるようにするため、EUでは廃棄物枠組み指令(WFD)のもとで、2021年1月にSCIPデータベースという仕組みを運用し始めました。SCIPデータベースには、EUの化学物質規制であるREACH規則で有害性に関してヒトや生物に非常に高い懸念があるとして特定された高懸念物質(Substance of Very High Concern: SVHC)を使用している成形品(製品や部品)について、どのようなSVHCがどのくらいの濃度で使用されているかといった情報が事業者によって登録されています。登録された情報はインターネット上で廃棄物処理業者やリサイクル業者、消費者に対して公開されており、これによって廃棄物処理や資源循環からの有害化学物質の排除を促進することを図っています。また、EUでは、循環経済への移行を促進するための施策として、デジタルプロダクトパスポート(DPP)という取り組みを進めようとしています。DPPは、耐久性や修理可能性、修理・リサイクルや処理の方法、使用期間や修理履歴、カーボンフットプリントなど、製品の環境への影響や持続可能性に関する情報を製品の製造から廃棄までにわたって共有する仕組みで、電池や電気電子機器、自動車、繊維製品、化学薬品などを対象に検討が進んでいます。リサイクルを阻害する懸念がある化学物質の情報も共有されるべき情報として挙げられており、廃棄物処理やリサイクルにおける有害な化学物質の排除に有効な情報を提供することが期待されます。
ただし、廃棄物や循環資源は様々な異なる廃製品等が混じったものであることが多く、また製品等が作られてから廃棄物や循環資源になるまで(捨てられるまで)に数年から数十年かかる場合もあることから、処理やリサイクルをしようとしている廃棄物や循環資源にどのような化学物質が含まれているかをSCIPデータベースに登録された情報から理解することは簡単ではないと考えられます。このような情報に基づいて廃棄物処理やリサイクルから有害な化学物質を排除するにはまだ課題があると思われ、SCIPデータベースの情報が実際どのように活用されるのかは引き続き注視していきたいと考えています。
<もっと専門的に知りたい人は><関連する調査・研究>
- 環境省環境保健部環境安全課、Global Framework on Chemicalsの概要、第18回化学物質と環境に関する政策対話(2023年12月27日)、資料2
- 小口正弘、資源循環における有害物質管理の現状と今後、化学物質と環境、167 (2021年5月)
- European Chemicals Agency, SCIP (Substances of Concern In articles as such or in complex objects (Products)) database, https://echa.europa.eu/scip
- 一般財団法人日欧産業協力センター、欧州デジタル政策EU Policy Insights「デジタル製品パスポート DPP」、Vol.6(2023年3月)、https://www.eu-japan.eu/sites/default/files/publications/docs/EU-Digital-Policy6.pdf
【第5期中長期計画】
- 物質フロー革新研究プログラム2
- 政策対応研究基盤的調査・研究
- 1:資源循環分野における社会システムと政策の分析