クリティカルメタル(Critical metal)という言葉は耳慣れないかも知れませんが,世界の資源問題を考える上で近年よく使われるようになってきました。Criticalという英単語を辞書で引くと,「必須な」や「重要な」という意味であることが分かります。しかし,ここでのCriticalはもう少し具体的で,例えば,米国の研究団体では1),次のような三つの意味合いを資源に込めて使用しています。一つ目は,もし供給が止まるようなことがあれば,市民生活,産業,軍事に影響を及ぼしてしまうほど重大な・・・。二つ目は,代わりに使えるものがほとんど存在しないため必須な・・・。三つ目は,供給の不確実性が大きく,価格の高騰や使用量の制約を受ける恐れがある・・・です。クリティカルメタルとはこのような状況に当てはまるメタル,つまり金属のことを指します。
では,どのような金属がクリティカルメタルに該当するでしょうか?クリティカルであるかどうかは,実は国や時代によっても変わります。例えば,米国のレポート2)ではクリーンエネルギー技術がこれから重要になることを踏まえた評価を行って,ジスプロシウム(Dy),ユウロピウム(Eu),テルビウム(Te),イットリウム(Y),ネオジム(Nd)を最もクリティカルな金属に挙げています。欧州のレポート3)では,EU経済全体に対する重要性から評価を行い,アンチモン(Sb),ベリリウム(Be),コバルト(Co),蛍石(CaF2),ガリウム(Ga),ゲルマニウム(Ge),黒鉛(C),インジウム(In),マグネシウム(Mg),ニオブ(Nb),プラチナ類(PtやPd),希土類,タンタル(Ta),タングステン(W)をクリティカルな原料として選出しています。米国の例に挙げたジスプロシウム,ユウロピウム,テルビウム,イットリウム,ネオジムは希土類には含まれますので,欧州でも同様にクリーンエネルギー技術を支える金属をクリティカルメタルと見なしていることが分かります。
クリーンエネルギー技術の中でも,風力発電,電気自動車,照明などがクリティカルメタルと深く関係しています。風力発電のタービンや電気自動車のモータには永久磁石が必要で,ネオジムやジスプロシウムはそれには欠かせない金属です。ユウロピウム,テルビウムやイットリウムは高効率な照明の発光体に用いられます。また,太陽光発電や燃料電池にもクリティカルな金属の使用が不可欠です。逆に言えば,CO2などの温室効果ガスの削減に欠かせないクリーンエネルギー技術が普及し,低炭素社会への転換が進むほど,社会のクリティカルメタルに対する依存は高まっていきます。天然資源に乏しい日本は現在,こうした金属は全て海外からの輸入に頼っている状態です。
いったい日本はクリーンエネルギー技術に欠かせない金属をどれくらい輸入しているのでしょうか?これを明らかにする方法に物質フロー分析があります。物質フロー分析とは文字通り,ある物質や製品等(例えば,パソコン)に着目して,その社会におけるフロー,すなわち移動量を調べていくことです。有名なものとして,環境省が行っている「日本の物質フロー」(図1)があります4)。これは,日本に投入される物質全体を対象とした物質フロー分析で,平成22年度には輸入資源として7億2千7百万トンの物質が投入されたことが分かります。また,輸入製品としても5千5百万トンが入り,輸出として1億8千4百万トンが日本から出ていきました。
現在,循環センターでは物質フロー分析を用いてクリティカルメタルの各国への輸入資源や輸入製品を通じた投入量と輸出により出ていく量を明らかにしています。日本を含む231の国・地域を対象に各国の国際貿易データを収集し,クリティカルメタルを含む資源や製品の国・地域間の移動量を求めます。そして,その移動量から資源や製品に含まれるクリティカルメタルの量を推計します。
得られた結果の一例をご紹介します。図25)はネオジムの2005年における国・地域間の国際フローの中で量の大きかった上位50個のフローを示しています。赤い字は上位10個のフローです。中国から出ていくフローが支配的であることが分かりますが,中国が世界のネオジム採掘量の約97%を占めることが理由です。その中でも,中国から日本へのフローが4053トンと突出して大きく,2番目に大きい中国から米国への1731トンと比べ2倍以上もの違いがあります。一方,上位のフローの中には,日本から米国や日本からフィリピンなどネオジムを採掘していない日本から出ていくフローも存在します。これはネオジムを含む永久磁石やハードディスクなどの製品を輸出するために生じています。日本が如何に他国と比べてネオジムを大量に輸入し,それを加工して海外へ流通させる経済であることが分かります。こうした日本の特徴は他のクリティカルメタルや鉄や銅といったベースメタルと呼ばれる金属にも見られます。
金属を加工し世界へ流通させる経済を着実に運営するには,まず金属を安定的に海外から輸入することが重要です。それに加え,国内で,より無駄のない金属加工技術,使用済み製品からの金属の回収にも取り組むことも不可欠です。日本の高い金属加工技術や再生技術を海外に広めていけば,世界全体の金属消費量を減らすことにも繋がるでしょう。上記のような物質フロー分析の結果は,世界の何処のフローを優先的に改善(無駄を少なく)すべきかを考える場合に有益です。これからも物質フロー分析を活用し,国際的な資源利用の構造を解明していきたいと思います。
<もっと専門的に知りたい人は>
- Keisuke Nansai, Kenichi Nakajima, Shigemi Kagawa, Yasushi Kondo, Sangwon Suh, Yosuke Shigetomi, and Yuko Oshita (2014) Global flows of critical metals necessary for low-carbon technologies: the case of neodymium, cobalt and platinum, Environmental Science & Technology, 48(3), 1391-1400.
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