循環・廃棄物のけんきゅう
2013年5月号

嫌気性処理技術を用いた汚水の省エネルギー浄化

小林 拓朗

はじめに

嫌気性処理とは、酸素のない嫌気的条件において微生物の代謝作用により汚れのもととなる有機物を分解する生物学的プロセスです。本マガジンにおいては、これまでに生ごみ等の有機性廃棄物への嫌気性処理技術の応用について解説しました(2012年5月号「アジア農村地域の家庭用バイオガスシステム---中国の事例紹介」)。他方で、同技術は、省エネルギーの技術として、汚水の浄化にも応用されています。国内において、嫌気性汚水処理は、食品、飲料、化学工業、製紙などの工場廃水等の処理技術として近年採用されるようになってきました。

嫌気性汚水処理は、本誌でこれまでに解説してきた有機性廃棄物のメタン発酵とはやや異なる技術的な要求を満たすため、独自の研究開発の展開を経てきました。本稿では、汚水処理に関連する嫌気性処理の技術特性や研究開発の経緯を解説していきます。

好気性処理と嫌気性処理について

しげる

生活排水や工場廃水等の汚水の処理は、物理的な方法・化学的な方法・生物学的な方法を組み合わせて行われます。処理の要となるのは生物反応タンクです。このタンクの役割は、水に溶けている汚れの成分を微生物に分解させることです。生物反応タンクには、用いる微生物の種類に応じて好気性処理と嫌気性処理の2方式があります。日本では、生活排水を処理する全ての下水処理場や浄化槽、健康及び環境に被害を及ぼすおそれのある特定事業場(工場や飲食店等)の汚水を処理するほとんどの施設において、好気性処理が採用されています。後発技術である嫌気性処理は、特定事業場のうち、小規模事業場を除いたうちの約1%で採用されているに過ぎませんが、好気性処理から嫌気性処理への乗り換えは年々増加しています。

好気性処理は、酸素が十分にある好気性条件において微生物の代謝作用により有機物を分解するプロセスです。好気性微生物による有機物の分解の反応は見かけの反応式で次のように表現されます。

3C6H12O6(有機物) + 8O2 + 2NH3 → 2C5H7NO2(細胞) + 8CO2 + 14H2O (式1)

このように好気性微生物による汚れの分解は、酸素を含む空気を大量に送り込んで、有機物をCO2と微生物細胞へと変換するプロセスと捉えることができます。

一方、嫌気性微生物による分解反応は、必ずしもメタンを生成するタイプのものだけではありませんが、一般的なタイプの反応は次のように表現されます。

C6H12O6(有機物) → 3CH4(メタン) + 3CO2 (式2)

このように嫌気性微生物による汚れの分解は、有機物をメタンとCO2へと変換するプロセスと捉えることができます。ただし、嫌気性微生物は有機物分解に伴う微生物細胞への変換割合が小さいので、式のうえでは無視することが多いのですが、好気性微生物の反応と同様に細胞の合成も起きています。

嫌気性処理の長所と短所

好気性処理と比較した嫌気性処理の特徴は表1の通りです。(式1)からわかるように、好気性分解では汚水中の有機物の量に比例した酸素の供給量が必要になります。反応タンク内の酸素濃度は、いつも適切に制御されている必要があります。1 kgのCOD(有機物の単位)を処理するための酸素供給に1.1 kWhの電力を消費すると言われ、汚水処理施設における全エネルギー消費量の大半を占めています。一方、嫌気性処理では酸素供給のための電力は必要ありません。撹拌やポンプの動作のための電力は、両方の処理で必要ですが、酸素供給のための電力として無視できるほど小さいです。従って酸素の供給が必要ない分、嫌気性分解の方がエネルギー消費を節約でき、管理するのも比較的楽と言えます。また、上で述べたように、汚水処理では必ず微生物の細胞合成が伴うので、増えすぎた微生物細胞は廃棄物(余剰汚泥)として扱われます。1 kgのCODを処理するにあたり好気性処理では乾燥重量0.4-0.6 kg、嫌気性処理では乾燥重量0.03-0.15 kgの余剰汚泥が発生します。このように嫌気性処理は廃棄物の発生量が小さいという点でも有利と言えます。その上、(式2)に示したようにエネルギーであるメタンガスが生産でき、1 kgのCODがメタン化されれば、約3300 kcalのエネルギーが獲得されます。

表1 嫌気性処理の長所と短所(好気性処理と比較して)
長所 短所
  • 酸素を供給する必要がない。
  • 管理するのが容易。
  • 残さとしての微生物細胞の発生量が小さい。
  • エネルギー生産が可能である。
  • 低温では活性が著しく低下するので加温が必要。
  • 微生物増殖速度が小さい。
  • 有機物の除去率が比較的低い。
図1 流入汚水の濃度とCO2発生量等との関 図1 流入汚水の濃度とCO2発生量等との関

その一方、嫌気性処理の主な短所として、次の3点が挙げられます:(1)加温のためのエネルギー(加温エネルギー)が必要である;(2)微生物の増殖速度が小さい;(3)有機物の除去率が比較的低い。嫌気性処理では、活性を維持するために基本的に反応タンクの加温が必要です。加温エネルギーが、嫌気性処理における消費エネルギーのほとんどを占めています。処理する汚水の体積あたりのメタン生成量と加温エネルギーとの差が、正味のエネルギー回収量です。つまりその差がマイナスであれば、好気性処理と同じく、嫌気性処理もエネルギーを消費するプロセスになってしまいます。この点は、本誌の過去の記事で、モデルを使いながら詳しく説明しました(2010年12月号「バイオガス化技術はエネルギー生産プロセスかエネルギー消費プロセスか?」)。この記事では流入する有機物の濃度がエネルギー回収量のプラスマイナスを決定づける重要な因子であることを解説しました。好気性処理と嫌気性処理の優劣の決定も、流入汚水の濃度によるところが大きいと言えます。図1はCakirらの解析結果1)を基にしたイメージ図です。このように流入汚水のL機物濃度が低い範囲では好気性処理の方が有利であり、一定の濃度を分岐点として優劣関係が入れ替わります。これは2種類の技術の使い分け方を示唆する重要なグラフですが、まだ十分に研究されていません。さらなる研究が必要とされています。次に、上で長所として挙げた有機物の細胞への変換率の低さは、短所にもなり得ます。流入水がある程度の濃度以上の条件では、反応タンク内の微生物濃度は飽和しますが、濃度が小さい条件の下では、反応タンク内の微生物濃度は増殖速度に依存します。従って、その速度が小さい嫌気性反応タンクは微生物濃度が希薄で、十分な反応速度が得られなくなる恐れがあります。さらに、好気性処理と比較して嫌気性処理は有機物の除去率が低い点が短所として挙げられます。好気性微生物と嫌気性微生物では有機物の分解特性が異なり、後者が分解できなかった成分を前者が分解できることを、最近の研究で証明しました2)。このような短所の克服が、嫌気性汚水処理におけるこの数十年の研究開発の最大の課題でした。

短所克服のための研究開発

上で述べた3つの短所--低温での活性低下、小さい増殖速度、低い除去率を克服するために何が必要でしょうか?これまでの研究開発成果にその答えを求めると、次のようなものがあります:(1) タンク内の水の滞留時間に対して、微生物の滞留時間を長くする(前2つの短所に対して)。;(2) 簡易好気性処理または分離膜と組み合わせた反応タンクを使用する(3つ目の短所に対して)。(1)のための研究開発は、我が国では1960年代から始まっています。はじめに採用されたのは、反応タンクの後段に沈殿池を設け、そこで沈殿濃縮した微生物を反応タンクに返送する方法です。1980年代頃には、流動するまたは固定化された微生物保持担体を用いた装置がよく研究されました。これは担体に微生物を付着増殖させて、タンク内に高濃度に維持する方法です。1980~90年代には、微生物群集自体が自発的に造粒化する現象を利用して、数ミリメートルの直径の微生物群の粒(グラニュール)をタンク内に保持する方法 (UASB法) が開発され、はじめて嫌気性汚水処理施設が世界的に実用化され始めました。国内でも嫌気性処理を採用するほとんどの施設でこの方法を使っています3)。例えば、国内の全てのビール工場でこの方法が採用されています。この方法は、汚水の濃度にあまり影響されず、タンク内の微生物濃度を好気性処理の何倍にも高められるので、低温における活性低下の影響をも補う高い反応速度が得られます。一方、(2)を達成する方法として、反応タンクに分離膜を導入して、膜を通してろ過された水を引き抜く方法が開発され、2000年代以降に実施設に応用されるようになりました。微生物細胞は膜を透過しないので、この方法は(1)の機能も備えています。

このような研究開発を通して、嫌気性処理の適用可能な汚水の範囲が拡大してきました。しかしながら、好気性処理が十分に普及した後で嫌気性処理が本格的に実用化されたために、上でも言及した普及率はまだまだ小さく、数ある排水種のうちの一部で成功例が認められている段階であるといえます。成熟した技術となるために、解決しなければならない運転管理上の問題が残されています。また、最近では、コストが障害となり好気性処理が普及していない途上国における生活排水や、これまで好気性処理の適用が難しかった事業系排水への嫌気性処理の適用が研究されています。このようにして、嫌気性処理技術の普及・定着のための努力が続けられています。

<もっと専門的に知りたい人は>
  1. Cakir, F.Y. and Stenstrom, M.K. (2005) Water Research, 39, 4197-4203.
  2. 小林拓朗ら (2012) 下水道協会誌, 49 (600), 107-114
  3. Kobayashi et al., (2011) Bioresource Technology, 102, 7713-7719.
<関連する調査・研究>
  1. 研究プロジェクト2
  2. 政策対応型廃棄物管理研究3
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