規格化とは、標準化や基準化とも呼ばれるもので、様々な製品の仕様や試験方法などの標準とする文書を作ることを言います。文書そのものは、規格、標準、基準などと呼ばれます(この原稿では「規格」を用いますが、他に置き換えても意味そのものには大きな違いはありません)。日本では、JIS(日本産業規格)や、JAS(日本農林規格)は、法律にも引用される規格として良く知られています。国際規格では、ISO(International Organization for Standardization)や、IEC(International Electrotechnical Commission)などの国際団体が作成するものが有名です。JISを作成する日本産業標準調査会は、ISOやIECの活動にも参加しており、ISOやIECで作成された国際規格を翻訳して、必要に応じて修正して、JISとして導入する場合があります。その他にも、日本では、たくさんの業界団体や学術団体等が規格化に取り組んでいます。私の関わっている研究分野では、例えば(一社)土壌環境センター、(一社)建材試験センター、(公社)地盤工学会などが、それぞれ独自の規格を持っています。
私は、今までに、様々な規格化に携わってきました。今回は、規格化における研究者の役割について説明し、その意義について、ささやかな持論を述べたいと思います。
規格化は、誰かが要望することによってその作業が始まります。規格化の大きな目的は、仕様や方法を文書で規定することで私たちの活動を便利にすることですが、より具体的に考えてみると、自社の仕様を規格とすることで事業を有利に進めたかったり、規格を制定することで製品の信頼を高めたりなど、様々な思いがあることに気づきます。そこで、規格化を行う際には、偏った(不便な)規格とならないように、色々な利害関係者に参画してもらいます。利害関係者は、例えば製品の規格であれば、生産者、使用者、中立者に分類されますが、例えばJISでは、その三者ができるだけ同数となるように規格化のための検討会が組織されます。私たちのような研究者は、大学教員の方々などとともに、中立者として検討会に参画します。規格化の具体的な流れとしては、まず、担当者が原案の文書を執筆し、次に、検討会にて、その原案が規格として適切かどうかを、一つ一つの文章について、丁寧に検討していきます。中立者は、中立の立場から、原理原則として間違いがないかどうかを吟味して、原案の妥当性について意見を述べていきます。難しいのは、自分の専門分野と少し離れた部分の記述箇所について、どこまで意見を述べればよいかという点です。しかし、そのような箇所は、書かれている内容は正しくとも、初めて読んだ人が誤解する可能性が高い箇所かもしれません。したがって、専門外でも、わかりづらいところはできるだけ指摘して、専門の方に説明をいただいて、確認する(納得する)ことが大切です。ここに、様々な立場の方が規格化作業に参画しているもう一つの理由があるのかもしれません。このような作業の積み重ねで、徐々に、原案が修正されていきますが、それには相当な時間が必要ですし、拘れば拘るほど、その作業は終わりません。そのため、通常、規格化作業には〆切が設定されています。例えばISOでは、最初の原案の段階から最終的な規格になるまでに、WD(Working Draft:作業原案)、CD(Committee Draft:委員会原案)、DIS(Draft International Standard:国際規格案)、FDIS(Final Draft International Standard:最終国際規格案)などと原案の呼び名を変えて修正作業を進めますが、それぞれの段階に1年などの〆切が設定されています。段階をステップアップするときは、参加者による賛成/反対投票と意見募集が行われ、寄せられた意見への対応をその都度行い、そしてようやく、正式な国際規格となります。最初の提案から正式な国際規格になるまで、3~5年の長旅です。そして、ISOやJISなどの規格は、制定後も、通常3~5年置きに見直し作業が行われて、その間に得られた新たな知見を文書に反映するなどの修正が施されます。
私はISO/TC 190 Soil qualityという技術委員会に約20年間参画してきました。また、溶出試験方法やスラグの材料品質など10件以上のJISの作成や、地盤工学会の試験方法の作成にも携わってきました。ISO、JISともに、執筆する側になった経験もあります。それらの活動を通して、研究者が規格化に携わる意義について、持論を述べたいと思います。まず、中立者の立場から述べた、ときには自分自身の研究成果に基づく意見や数値が文書に反映されるという点が挙げられます。規格が制定されると社会で広く使われる可能性が生まれますが、その規格の根拠に自らの研究成果を生かすことができる、と言い換えることもできるでしょう。ただし、規格化は様々な立場の方々との意見調整によって進められるので、自身の意見が正しいとしても、文書に反映されるとは限りません。したがって、規格化作業は、自身と社会との間の見解のギャップを確認できる場であるとも捉えられます。そのギャップの大きさは、更なる研究やその社会普及活動のモチベーションにも繋がると思います。そして最後におすすめしたいのが、自らが規格の提案者、そして執筆者になることです。自身が開発した製品や試験方法を世の中に広く普及させたいと思ったときに、規格化は一つの有力な手段となり得ます。原案を作成して多くの人の意見を集約して修正を重ねる規格化の作業はとてもたいへんですが、規格が無事に制定されて公表されたときは、論文の公表とはまた違う、大きな達成感を得ることができます。