環境問題に関する最近の重要なキーワードの一つは「プラスチック」といえるでしょう(2018年11月号「プラスチック資源循環戦略策定の議論に参加して」参照)。私たちの生活にはプラスチック(樹脂)製品があふれており、もはや、便利で使い勝手のよいプラスチック製品のない生活を想像することは簡単ではありません。
何らかのルートで最終的に環境中へ出て行ってしまったプラスチック廃棄物によって生じうる諸問題をきっかけに、現在、プラスチックの使用そのものや廃棄後の処理について、これまでにも増して様々な角度から国際的に議論が活発になっています。「使い捨てプラスチック」や「使用済みプラスチック」など比較的馴染みのある言葉だけでなく、割と新しい言い回しとして「海洋プラスチックごみ」や「マイクロプラスチック」という言葉も頻繁に耳にするようになったのではないでしょうか。2018年の主要7か国首脳会議(G7サミット)では、プラスチックの代替化(ほかの素材に置き換えること)やリサイクル等の規制を各国で強化することなどを盛り込んだ「海洋プラスチック憲章(Ocean Plastics Charter)」が採択されました。その際、日本は各関係者との調整が済んでおらず、署名を見送ったことも大きな話題となりました。
2018年末、アジア途上国でプラスチック廃棄物がどのように扱われているのかを調べるため、私は研究室のメンバーとインドの大都市ムンバイに赴きました。ムンバイのあるマハラシュトラ州(人口1億人以上)では、2018年6月23日から使い捨てプラスチック製品の使用が禁止され、違反者に罰金を科すなど、他の国々よりも思い切った政策が既にとられています。現地の共同研究者の案内で、いくつかの関連施設を見学してきましたので、今回少しご紹介します。
まず、ムンバイにある世界最大規模のスラム街を訪ねました(写真1、2)。130万人以上が暮らしており、映画「スラムドッグ$ミリオネア」の舞台となった場所です。リサイクル業が盛んなことでも有名です。ここでリサイクルの材料となるプラスチック廃棄物の大半は、ウェイストピッカーやラグピッカーと呼ばれる人々が、ごみ集積場や街中から拾い集めてきたものです(容器包装、雑貨、家電など)。狭い路地にならぶ小さな作業スペースで、数人ごとの分業体制で各工程を担当し、種類ごとに分けられた廃棄物は手解体された後、金属とプラスチックに分別されていました。使い捨てのコップや食品トレーなどのプラスチック容器類は、色別に分けられた後に小型破砕機でフレーク状に破砕され、水や洗剤で洗浄、屋根の上で乾燥させてから出荷され、新たな製品にリサイクルされるとのことでした。リサイクルに伴う環境汚染や作業者ばく露という点では課題がありそうですが、ムンバイ地区のリサイクル産業として重要な役割を担っているといえます。
つぎに、食品用プラスチック容器類をリサイクルしてプラスチック鉛筆を製造している工場を見学しました。鉛筆の軸の部分が木ではなくプラスチック製なのですが、見た目は通常の鉛筆と区別がつきません(写真3)。木材の代わりに使用済みプラスチックを利用しているため環境への負荷が小さく、材料が安価なため製造コストも抑えられるとのことです。通常、製造工程では端材など一定量の廃棄物が発生してしまうものですが、この工場では、端材や成形に失敗した鉛筆も再度破砕して原料に混ぜて使用しており、ほぼ廃棄物が発生しません。もともと食品容器用の品質のプラスチックを材料としているため、子どもの口に入ったとしてもあまり気になりませんし、顔料などその他の添加剤の安全性が確認されていれば、リサイクルのよい事例の一つだと思いました。
工場からの夕暮れの帰り道、ある集落を通りかかったところ、広範囲に放置された家庭ごみのようなものが野焼きされる場面に遭遇しました(写真4、5)。辺り一面が黒煙でおおわれたこの風景も日常なのでしょう(2015年1月号「野焼きの煙」参照)。プラスチックの使用規制やリサイクルが進む一方で、生活の基盤を支えるごみ収集が徹底されていない現実もあるなど、インドの一都市の両極端な姿を垣間見ることができた貴重な経験となりました。