二酸化炭素やメタンガスなどの温室効果ガス排出量の計算は活動量(生産量、使用量、焼却量など排出活動の規模を表す指標)に排出係数(単位活動量あたりの温室効果ガス排出量)を乗じて求めます。例えば、生活排水の処理に伴う温室効果ガス排出量を計算しようとした場合、日本では、生活排水は下水道もしくは浄化槽で処理されるか、汲み取り便槽に貯留した後にし尿処理施設で処理されており、統計データによってそれぞれの処理方法毎に処理水量や利用人口を把握できますので、このデータを使って計算しています。しかし、途上国では、下水道は少なく、浄化槽のような適切な個別処理技術も普及しておらず、トイレが無いということもあり得ます。また、統計の取り方や精度などは国によって異なっており、利用人口が把握できないケースもあります。
そのようなことから、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)では排出量を計算するためのガイドラインを発行しています。これによって、独自の統計や調査が不十分な国でも排出量が計算できるように、より簡易な計算方法から、国独自の実測値やモデルを駆使した高度な計算方法まで、各国の状況に応じて使い分けられるようになっています。ここでは、処理方法毎の排出係数や地域毎の下水道や各種個別処理を使用している人口の割合が示されており、自国の状況が把握できていない場合には、その値を使うことができます。
このように、国によって計算方法は異なっていますが、各国の温室効果ガス排出量は、科学的知見に基づいて定められた方法論によって計算されています。
IPCCガイドラインにおいては、排出量の計算精度を高めるため、できるだけ国独自のデータを用いることが推奨されています。これは、世界の温室効果ガス排出量を正確に把握するとともに、各国が効率的な削減対策を検討する上で重要です。我が国では、下水道、浄化槽、汲み取り便槽それぞれについて排出係数が設定されています。これは、環境省の温室効果ガス排出量算定方法検討会において、種々の科学論文、調査データを元に定められたもので、我が国の排水量・汚濁濃度や処理方法に即した日本独自の値です。比較的レベルの高い計算方法ですが、その値は1990年代前半の調査結果に基づいたものであり、近年の技術開発や生活様式の変化によって変わってきている可能性があります。そこで、我々は、浄化槽などからの温室効果ガス排出量の現場調査を行い、温室効果ガス排出量の計算精度を上げる試みをしています。
最新のIPCCガイドラインは2006年に発行されていますが、その基となる論文や調査データはその数年前のものです。そこで、それ以降に新たに得られた科学的知見をIPCCガイドラインの計算方法に反映させるため、7章からなる湿地に関するガイドラインが補足されることになり、本執筆者も第6章(人工湿地による排水処理)の統括執筆責任者として参画しています。
この追補ガイドラインは2013年に発行される予定で、2011年10月以降、葉山(日本)、エジンバラ(スコットランド)、ビクトリアフォールズ(ジンバブエ)、ダブリン(アイルランド)、フライジング(ドイツ)と世界各地で矢継ぎ早に会合が開かれ、各国の執筆者と議論を重ねてきています。各章は2名の統括執筆責任者と複数名の主執筆者、レビュー編集者および必要に応じて執筆者が選ばれますが、統括執筆責任者は先進国と途上国のそれぞれから1名ずつ選定されることで、ガイドラインの計算方法が様々な国で適用できるものになるよう配慮されています。すべての執筆者は利害関係の無い科学的立場からの執筆を行っており、ボランタリーな活動ですが、執筆者にとっても新たな知見や各国の状況・考え方などを吸収できる有意義な場となっています。実際、会合では様々な意見が出され、世界の状況について、色々と気付かされることがあります。
この湿地に関する補足ガイドラインは、現在、第二次ドラフト原稿の外部専門家レビューに向けて議論・執筆を進めているところです。ご興味があれば、是非、<参考サイト>のページをのぞいてみてください。
<参考サイト>