2009年11月2日号
循環型社会ビジョン検討のためのシナリオ・プランニング橋本征二
何らかの意思決定をする際には未来を見通しておくことが必要です。しかし、未来はとても不確実で、特に変化の早い昨今、正確に予測することは非常に難しい状況です。したがって、未来の見通しを1つしか持たずに未来のための意思決定をすると、決定したことが大外れになる危険性があります。逆に、全く構造の異なる複数の見通しを持っておけば、想定の範囲内でいろいろな対処ができるでしょう。 近年、複数の未来を想定して未来に備えるシナリオ・プランニングと呼ばれる手法が盛んに用いられるようになっています。ここでいうシナリオとは、未来に関する異なる見通しのことで、世界がこれからどう変わっていくかを複数の物語として描いたものです。この物語をつくる作業を通じて、社会・経済の様々な変化を認識し、今後の計画づくりの手助けにしようとするのがシナリオ・プランニングの目的です。環境の分野でも活発な利用が見られます。よく知られた事例としては、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による2100年までの温室効果ガス排出シナリオ(本誌2009年11月2日号「シナリオ」参照) 、国連環境計画(UNEP)による2032年までの環境シナリオ、国連ミレニアム生態系評価(MA)による21世紀の生態系サービスシナリオなどがあります。 循環型社会のビジョン・政策・事業を検討する上でも、未来のシナリオを複数想定しておくことは有益です。なぜなら、複数のシナリオに基づき、問題となる変化への対応策、問題となる変化を回避する策、望ましい変化へと誘導する策、その他循環型社会のビジョン・政策・事業において考慮しておくべき事項を検討できるからです。 そこで、私たちは日本の近未来(10〜20年後)の資源・廃棄物フロー(以下、物質フロー)と資源循環・廃棄物管理システム(以下、管理システム)について、シナリオ・プランニングの手法を援用して、いくつかの大きく異なるシナリオを作成することを試みました。 まず、近未来に起こりうる物質フローや管理システムの変化と、その原因となる社会・経済の変化についてブレインストーミング(アイデア出し)を行い、近未来に起こりうる変化を列挙します。例えば、高齢化によって医療や介護に関わる廃棄物が増加する可能性や、廃棄物処理技術の進展によって廃棄物の分別排出の方法が全く変わる可能性があります。また、資源ナショナリズム(自国の資源を自国で管理しようとする動き)が強まることよって資源価格が上昇し、廃棄物の資源としての価値が上昇する可能性もあります。このように起こりそうな社会・経済の変化とそれが及ぼす物質フローや管理システムへの影響を思いつく限り列挙していきます。 次に、このようにして得られた社会・経済の変化を「重要性」と「不確実性」の観点から評価し、重要性が高くかつ不確実性も高い変化を選定します。なぜなら、近未来の物質フローや管理システムに重要な影響を与えるが(つまり、重要性が高いが)、実際に起こるかどうか分からない(つまり、不確実性も高い)社会・経済の変化は、物質フローや管理システムの近未来を大きく異なったものにする要素となるからです。 最後に、近未来の物質フローと管理システムのそれぞれについて、大きく異なるシナリオを作成します。この作業では、まず、重要性が高く不確実性も高いと評価された社会・経済の変化のうち、特に大きく異なるシナリオに導くものを2つ選定します。そして、これらの2つの変化の異なる方向性を組み合わせ、象徴的なシナリオを4つ描きます。 私たちは図のような4つのシナリオを作成しました。図の横軸に選んだ変化は「貿易体制・地域社会の変化」であり、グローバル化(地球主義志向)とリージョナル化(地域主義志向)の方向性を持ちます。縦軸の変化は「資源価格の変化」であり、大きな資源価格の上昇と小さな資源価格の上昇の方向性があります。 グローバル化が現状よりさらに進み、資源価格は現状からかけ離れて大きく上昇しない状態が図の右下に位置する「循環資源国際流通シナリオ」です。このシナリオでは、規制緩和によって廃棄物や二次資源を自由に取引できるようになります。一方で、技術レベルが現状から大きく変化しないことから、国内で二次資源を回収するよりも人件費の安い国外へ二次資源が輸出されることになると考えられます。 また、グローバル化に加え、大きな資源価格の上昇が起こった状態が図の右上の「資源国際争奪戦シナリオ」です。このシナリオでは、資源価格が非常に高いことから技術も高度化し、国内での二次資源回収が進展する可能性があります。同時に、廃棄物管理に関する活動の収益性が相対的に高くなり、多くの廃棄物管理が民間部門により担われることになると考えられます。 次に、資源価格が高い中でリージョナル化の進んだ状態が図の左上の「高度技術地域循環シナリオ」です。規制によって国内産業の空洞化が避けられ、廃棄物処理や二次資源回収が現在より身近な地域で展開されます。廃棄物管理に行政が多く関与するシナリオです。 最後に、図の左下の「制度的地域循環シナリオ」では、資源価格が大きく上昇せず、技術もあまり進展しない中で、廃棄物管理に対する規制や制度が積極的に導入されます。廃棄物管理や二次資源回収を地域内や国内で規制と制度で上手く行っていく社会です。 さて、このようにして描いた4つのシナリオは、このままいけばこうなる可能性があるという、いわゆる「なりゆき」シナリオです。次のステップは、それぞれのシナリオに対して問題となる変化への対応策、問題となる変化を回避する策、望ましい変化へと誘導する策、その他循環型社会の政策・事業において考慮しておくべき事項を考えることです。現在、それらを統合した循環型社会のビジョンを提示できるよう研究を進めています。 なお、本研究を遂行するにあたって、有識者からの意見を伺うためのワークショップを開催しました。その報告書はホームページで公開していますのでこちらも合わせてご覧いただければ幸いです(http://www-cycle.nies.go.jp/jp/project/project1/scenario_ws/index.html)。 <もっと専門的に知りたい人は> |
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