循環型社会・廃棄物研究センター オンラインマガジン『環環kannkann』 - 循環・廃棄物のけんきゅう!
2008年2月4日号

ゴミの燃焼とニトロ多環芳香族化合物

渡部真文

 ゴミの焼却処理は、公衆衛生管理(例えば、病院などから出る感染性廃棄物の処理、鳥インフルエンザに感染した家畜の処理)や埋立されるゴミの減容化、サーマルリサイクルなどの利点がありますが、 一方で、ダイオキシン類に代表される有害化学物質の排出という負の側面もあります。当研究センターではゴミの適正処理・適正リサイクルのための研究の一環として、ゴミの燃焼時における有機化学物質の挙動 (どのように生成し、分解するか)とその排出抑制対策を研究しています。

 日本のゴミ焼却炉は、ダイオキシン類の排出量を削減するために約10年前に大きな変化がありました。本誌「当ててみよう!」の「ダイオキシン」で紹介しましたように、日本では「ダイオキシン類対策特別措置法」が制定され、 関連する法令が大幅に改定された結果、ゴミ焼却炉の構造・維持管理基準の強化、小型焼却炉の構造・焼却方法の基準適用、野焼きの原則的禁止が実施されました。この結果、ゴミ焼却施設などから排出されるダイオキシン類量は年々減少し、 平成18年度時点では、平成9年度の排出量に比べて約96%が削減されています。

図:ニトロPAHsの例

 一方で、ダイオキシン類の排出削減対策を実施すると、ニトロ多環芳香族化合物(ニトロPAHs)という化学物質の生成・排出量が増えるのでは?という指摘がありました。このニトロPAHsは、多環芳香族炭化水素化合物(PAHs)にニトロ基が結合した化学物質群ですが(図)、 そのほとんどがダイオキシン類と同じように非意図的に生成する物質です。燃焼過程では、主に空気中の窒素に酸素が結合してできた窒素酸化物(NOx)がPAHsに結合することで生成すると考えられています。 高温で燃焼させた場合、このNOxが増加することから、ダイオキシン類の排出削減対策としてゴミを高温で燃焼するとニトロPAHsが増えるのでは?と考えられたのです。(余談ですが、NOxに関しても、法令により焼却炉から排出される総量が規制されています。)

 ニトロPAHsは強い変異原性(遺伝情報(DNA配列など)を傷つける毒性)が報告され、その一部はヒトに対して発癌性が疑われている物質で、環境大気(空気)を中心に、河川水や土壌、底泥などから検出される環境汚染物質です。しかしながら、ゴミ焼却炉におけるニトロPAHsの研究は少なく、 その排出実態や、ダイオキシン類の排出削減対策がニトロPAHsの生成・排出に及ぼした影響はほとんどわかっていませんでした。

 そこで、ゴミの燃焼時におけるニトロPAHsの挙動を当研究センターの熱処理プラント(実験用の焼却炉)や実際のゴミ焼却施設で調査しました。結論から言いますと、ゴミ焼却炉においてダイオキシン類の排出削減対策を実施すると、ニトロPAHsの排出も抑制できるという結果が得られました。

 まず、焼却炉内での挙動を調査しました。ゴミの燃焼(一次燃焼)の温度とニトロPAHsの生成については、燃焼によってニトロPAHsが生成しますが、燃焼温度を高くすると生成量が減少すること、また、生成したニトロPAHsのほとんどがガス中に存在することが分かりました。

 現在のゴミ焼却炉では、ゴミの一次燃焼で生じたガスは、高温で数秒滞留・燃焼(二次燃焼)後、急冷し、灰(ばいじん)の除去(集塵処理)などの処理を行って排出されます。上記のようにゴミの一次燃焼で生成したニトロPAHsは、この二次燃焼によってほとんど分解され、ガス中の量は激減しました。 また、集塵処理を行うことで、排ガス中のニトロPAHs量を大きく削減できることも明らかになりました。このような分解・除去は、PAHsやダイオキシン類でもみられました。これらのことから、ダイオキシン類の排出削減と同様に、ゴミを高温で安定燃焼しガス処理を適正に行うことで、ニトロPAHsの排出も削減できると考えられます。

 次に、実際のゴミ焼却炉からの排出は?という疑問が出てきます。そこで、実際のゴミ焼却施設46施設の最終排ガス(煙突から出る、或いはそれに近い排ガス)を調査しました。実際の焼却施設から排出されているニトロPAHsは、ダイオキシン類の実測濃度と同程度でした。また、検出できたニトロPAHsは、数種類のみでした。 各施設の最終排ガス中のニトロPAHsとダイオキシン類の関係を調べたところ、ばらつきがあるもののニトロPAHs濃度とダイオキシン類濃度に正の相関関係、つまり、排ガス中のダイオキシン類濃度が低い施設ほど、ニトロPAHs濃度も低い傾向が得られました。同時に、ニトロPAHsの濃度が低い施設ほど、PAHsの濃度も低くなっていました。 これらの結果などから、ダイオキシン類排出削減対策でゴミを高温で安定燃焼することにより、不完全燃焼で発生しやすいPAHsの生成量が減少し、このPAHsをもとに生成するニトロPAHsも減少したと考えられます。つまり、実際のゴミ焼却炉においてもダイオキシン類の排出削減対策を実施することで、結果的にニトロPAHsの排出も削減できることが明らかとなりました。

環環ナビゲーター:たけ

 循環型社会を作る上では、ゴミを減らすことが最も重要です。しかし、現状ゴミをゼロにはできません。このため、ゴミを資源として再利用(リサイクル)することも必要となります。廃プラスチックを例にとっても、様々な方法でリサイクルされています。一方で、「リサイクルと化学物質について考えよう」にあるように、ゴミのリサイクルと化学物質の関係は切り離せなくなっています。 ゴミのリサイクルにおいて、有害物質をきちんと管理しながら資源価値のある物質を上手く循環させるために、どのようにしたらよいか。この研究の一環として、今回のようなゴミ焼却だけでなく、リサイクルにも注目して化学物質の挙動に関する研究を進めています。

<もっと専門的に知りたい人は>
  1. Watanabe, M. and Noma, Y.(2007) Influence of primary combustion temperature and flue gas treatment on the behaviors of nitro polycyclic aromatic hydrocarbons in municipal solid waste combustion, Organohalogen Compounds, 69, pp.948-951
  2. 渡部真文ほか(2007)廃棄物焼却炉におけるニトロ多環芳香族炭化水素化合物について、第18回廃棄物学会研究発表会講演要旨集、pp.585-587
関連研究 中核研究2
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