活動レポート
2021年2月号

ベルギー・アントワープ大学滞在記

梶原 夏子

はじめに

2019年9月から半年間、弊所の海外派遣研修制度を利用してアントワープ大学のProf. Adrian Covaciの研究室に滞在してきました。当初は一年間の予定で渡欧したものの、新型コロナの感染拡大でベルギーも早々にロックダウンされたことから、急遽、予定を切り上げて日本に帰ることに。まさにこれからというタイミングでの急転直下の帰国だったため、未練や心残りもありますが、異国での生活やお世話になった研究室の雰囲気などを少しご紹介したいと思います。

異国情緒あふれる街

ベルギーは、九州ほどの広さに1,150万人弱が暮らす西ヨーロッパの小さな王国です。首都ブリュッセルの北東に位置するアントワープは、こぢんまりとした居心地の良い街で、中世の面影を残す街並みは歩いているだけで心躍るものがありました。

複雑な歴史的背景から、ベルギーには自国語がありません。地域により、フランス語、オランダ語、ドイツ語のいずれかが公用語に指定されており、アントワープはオランダ語圏でした。とはいえ、アントワープでは誰もが英語を流暢に話すので(ブリュッセルなどフランス語圏ではあまり英語を話してくれません)全く心配していなかったのですが、実際に生活をするとなると事情は少し違いました。住宅の賃貸契約や銀行口座の開設、税金関連などの公的書類やちょっとしたチラシなどの印刷物や手続きメールはすべてオランダ語。食料品や日用品にも基本的に英語の表記はなく、オランダ語にフランス語やドイツ語が併記されていることもありますが、英語以外はちんぷんかんぷんな私はすぐさま言語の壁にぶつかりました。間違った品物を買ってしまうなど、小さなハプニングは日常茶飯事、翻訳サイトやアプリがなかなか優秀で大いに助けられました。便利な世の中です。日本で生活する外国人の方が、アルファベットですらない日本語に囲まれてどれほど心細い思いをしているのか、初めて実感として理解できた気がします。

また、出発前から聞いていたものの、アントワープで生活した秋から初春にかけては本当に天気が悪く、気が滅入りました。傘をさすほどではない小雨が毎日のように降っており、上着のフードは飾りじゃないのだなと思ったりしました。久しく太陽を見ない日が続くと気分はどんよりしてくるもので、クリスマスの飾りつけやイルミネーションで気分を盛り上げているようにみえました。珍しく太陽が顔を出した日は、全てを放り出し、寒かろうと外のカフェで日差しを浴びたい気持ちがよくわかりました。

国際色豊かな研究室

写真1写真1.研究室は緑あふれる林の中のキャンパス内

アントワープ大学には4つのキャンパスがあり、Prof. Covaciが率いる研究室は郊外の緑あふれるキャンパス内にありました(写真1)。研究室には、法医学、疫学、化学物質代謝、環境汚染物質に関する4つのグループがあり、様々な化学分析ツールを共有して活発に研究が進められていました。構成メンバーは国際色豊かで、ベルギー出身者以外に、オランダ、ドイツ、イタリア、スペイン、ルーマニア、イギリス、オーストラリア、ブラジル、インド、中国、韓国、日本、といろいろな国から大学院生やポスドクが集まっており、短期滞在者や実験スタッフも含めて当時約40名が在籍していました(写真2)。この研究室の共通テーマは、人々がどのような化学物質にどれくらい、どのようなルートで曝露されているかを評価することです。化学物質の曝露源は多岐にわたり、食品や室内ダスト、身の回りの製品などに含まれる物質の濃度を測定することが基本になります。また、尿中に排泄された代謝物を測定することで曝露実態を調べてもいます。肝油などのサプリメントや最近話題の昆虫食も研究対象で、蓄積している有害物質を測定し、その安全性の評価にも取り組んでいました。入院患者を対象に、点滴パックやカテーテルなどのプラスチック製品に由来する添加剤の曝露を調べているメンバーもいるなど対象は幅広く、正直なところ、滞在中に全員のテーマを把握しきれませんでした。私は、環境汚染物質を分析・評価するグループの仲間に入れていただき、日本から持ち込んだ混合廃棄物試料などを対象に多様なプラスチック添加剤の分析方法を習ったり、ゼミやワークショップで研究発表をしたり、ベルギー内の金属回収施設やプラスチック製造工場の見学に行ったりと、多くの貴重な経験をさせていただきました。

写真2写真2.研究室入り口のメンバー表。嬉しいことに私の名前も加えて下さった。

Prof. Covaciは毎朝誰よりも早く出勤し、人気のない研究室で仕事を進めていました。少し気の毒になるほど常時多忙で、講義をするためにキャンパス間を移動、その合間にひっきりなしに学生やポスドクが訪れ、研究の進め方やデータの解釈について相談にのっていました。一人でじっくりと研究に向き合う時間を早朝に確保しているとのことで、その熱意には頭が下がる思いでした。夕方になると割と皆あっさりと帰宅し、夜遅くまで研究室に残る姿は見られませんでした。論文紹介などのゼミは実施しておらず、毎月、分析装置のメンテナンスと使用スケジュールの調整のためのミーティングがあるのみでした。毎年、研究進捗を報告するためのゼミ合宿を夏に開催しているとのことでしたが、昨年はコロナで研究活動が大幅に制限され、私も楽しみしていた泊りがけの合宿は幻に終わりました。

日本人だけのほぼ単一なコミュニティの場合、その場の空気やメール文の行間を読んだり、暗黙の了解とされる事項があったり、相手の気持ちをおもんばかることが円滑なコミュニケーションで重視されがちですが、この研究室のように多文化多国籍なコミュニティでは共通認識といえるものがそもそも少ないためか、生活面でも研究面でも小さな事柄も必ず言葉にしてコミュニケーションをとっているようにみえました。困っている人は声を大にして助けを求め、困っていそうな人には惜しみなく手助けをする、そういう雰囲気に私自身も何度も救われました。真意が曖昧なままに相手の思いを汲む努力をするだけでなく、もう少し直接的なコミュニケーションを増やす努力をしていきたいと感じました。研修途中で帰国することになってしまいましたが、今後につながる新たな気づきや出会いもあり、これからの研究人生に活かしていくことで次なる方向性がみえてくる予感がします。状況が落ち着き、Prof. Covaciの研究室を再訪できる日がくることを心待ちにしています。

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