けんきゅうの現場から
2018年7月号

自然から学ぶー野外調査

上島 雅人
図1 淀川河口域
図1 淀川河口域
図2 干潟(琵琶湖の放流により水没)
図2 干潟(琵琶湖の放流により水没)

野外調査の意義

私たちは、研究室で実験をしたり論文を書いたりするだけでなく、環境でどのようなことが起こっているかを明らかにするため、野外の現場に行って調査・観測もしています。野外調査によって、自然界で起こる事象を学び、例えば、土壌中の有害物質(重金属等)の動きを推測したり、それらの知見を環境保全や掘削土の有効利用に応用したりすることができます。野外調査では、全体的な地形を見たり、水質を測ったりするなどしてその場の状況を把握し、研究目的に応じたサンプリングをします。サンプリングした試料を研究室に持ち帰り、観察・分析します。さらには、環境変化が起こった場合、それに伴って現場でどのような現象が起こるかを予測するために、その試料を用いて研究室内で気候・環境変動を模したシミュレーションの実験を行うこともあります。このように、野外調査は室内実験と同様に、研究を進めるうえで重要な役割を担っています。昨年8月、私たちの研究グループは、川底における黄鉄鉱の分布と化学的特性を調べるために、大阪府の淀川河口域(図1)の野外調査に行ってきました。黄鉄鉱は鉄と硫黄で構成される鉱物で、重金属等を集めると言われています1)

干潟:古代の陸形成の再現

東京、大阪、上海など、平野部に点在する大都市の多くは、数千年から数万年前には河口域あるいは浅海域だったと考えられています(縄文海進)。一方、淀川河口域などの干潟(注1)は、その数千年から数万年前に起こった陸形成が今まさに起こっている場所で、大都市の地盤と同じ成り立ちや成分を持つ底質(川底の泥質堆積物)からなっています。底質は圧力や熱を受けていませんので軟らかく、地盤と違って大規模なボーリング工事をしなくても容易にサンプリングができます。近年、大都市では地下開発が盛んに行われていますが、地盤を掘り起こした際に生じる残土に重金属等の有害物質が多く含まれていることがあるため、残土の取り扱いには注意が必要です。したがって残土の性質を掘削前に推測することが重要ですが、たとえば淀川河口の干潟(すなわち、陸地になりかけているところ)の黄鉄鉱の分布、集まる重金属等の傾向を調べることにより、これらの平野部の黄鉄鉱の分布や重金属等の存在を推測できると私たちは考えています。

私たちはまず、底質の採集を行うため、大阪の淀川河口域(図1)の干潟(図2)に行き、底質に満たされる間隙水の水質を測定しました。pHは7.9で、海水と同様に弱アルカリ性を示しました。また、酸化還元電位は -100 mVを示し、酸素が極めて少なく、還元的であることを示しました。次に、川底にプラスチックの注射筒や管を差し込み、底質を採取しました(図3)。それらを研究室に持ち帰り、注射筒からコアサンプルを取り出しました(図4)。そして、コアサンプルの微細構造および化学組成を電子顕微鏡で観察・分析しました。コアサンプルには、珪藻が多く観察されたほか、硫黄と鉄で構成される多面体の微粒子(黄鉄鉱)が観察されました(図5および 図6)。底質では還元環境が形成され、黄鉄鉱などの硫化金属鉱物がつくられたと考えられます。

海底堆積物、海成堆積岩など、掘削によって得られたコアサンプルにも、多面体の黄鉄鉱微粒子が広く見られました。これらの地質は、淀川の干潟と同様、還元環境の過程を経て構成されたと考えられます。底質の観察・分析をさらに進めていくことで、地下で起こっている元素の移動や固定など、様々な情報が得られると考えています。

野外調査を終えて

野外調査は天候・自然との戦いでもあります。この日の大阪は、最高気温が 33.9℃、快晴で、干潮時の午後2時に炎天下での調査となりました。また、この日は大潮で、広範囲にわたる干潟の出現を狙って干潮時刻の午後2時前後に現地に出向いたのですが、その時を狙って琵琶湖も放水をしており、そのせいで干潟は水没していました。サンプリングはなんとかできたのですが、このような予期せぬアクシデントもあります。そのかわりに、野外調査を通して、自然は思いもよらぬ情報や知恵を提供してくれることもあります。干潟が重金属を回収してくれるのであれば、人工的に干潟を作って環境の浄化や保全に役立たせることができるのではないでしょうか。

1) Gregory D.D., Large R.R., Halpin J.A., Baturina E.L., Lyons T.W., Wu S., Danyushevsky L., Sack P.J., Chappaz A., Maslennikov V.V., Bull S.W. (2015) Trace element content of sedimentary purite in black shales. Econ. Geol. 110, 1389-1410.

注1)干潟https://ja.wikipedia.org/wiki/干潟
注2)ちなみに、ここでサンプリングした底質の重金属等含有量は、環境基準値以下でした。

図3 注射筒を底質に差し込み、土壌を集めたもの
図3 注射筒を底質に差し込み、土壌を集めたもの
図4 注射筒から取り出した土壌のコアサンプル
図4 注射筒から取り出した土壌のコアサンプル
図5 コアサンプル中にみられる珪藻の電子顕微鏡写真
図5 コアサンプル中にみられる珪藻の電子顕微鏡写真
図6 コアサンプル中にみられる黄鉄鉱の多面体微粒子
図6 コアサンプル中にみられる黄鉄鉱の多面体微粒子
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