けんきゅうの現場から
2012年4月号

バンコクにおける水害ごみ対策への支援

石垣 智基

タイ王国における水害発生の経緯

タイでは、2011年6月中旬ごろから北部・東北部において豪雨による小規模な洪水被害が報告されていました。その後、連続した台風の襲来によって周辺の川が増水し、河川の決壊等により洪水被害が徐々に広がっていきました。10月初めには多くのダムで基準貯水量を超え、水があふれる危険があったため放水量を増加した結果、ますます下流地域の増水に拍車をかけました。国内線空港の浸水、首都バンコク北部の工業団地が相次いで浸水被害にあったことを契機に日本でも報道がされ、日本企業や現地滞在日本人への影響も顕在化しましたが、その頃にはすでにバンコク中心区への浸水が報告されていました。実はバンコクには1983年の洪水を機に設置された堰堤(えんてい)があり、浸水を免れる可能性が高かったのですが、政権交代したばかりの政府の初期対応の遅れと、政治的な不安定さが相まって、浸水地域の住民により堰堤が破壊されたことで被害が拡大しました。タイの平野部は河川の流れがきわめて緩やかで、北部からの水塊の移動は一ヶ月以上も続き、バンコクの浸水が徐々に解消され始めたのは12月初旬になってからでした。また、北部地域の浸水状態は2月ごろまで続きました。

水害ごみの発生と現地からの要請

写真 水害ごみ

当センターと共同研究の覚書を締結している、キングモンクット工科大学環境エネルギー連携大学院センター長から11月9日付けで、浸水が解消した後の公衆衛生の確保や水害ごみの管理に関する助言などの技術的支援を要請されました。この要請を受けて、バンコク中心部の浸水が解消しはじめた(すなわち水害ごみ問題が発生しはじめた)12月4日から延べ三人の職員および客員研究員が交代で約2週間タイを訪問しました。

当時は長期間浸水した家屋の水が引いたあとで、カビの発生や感染症の問題が懸念され、多くの住民にとっては家屋の清掃が優先されている状況でした。行政は充分な面積のごみ集積場を確保しておらず、街道の脇などのスペースを指定したため、水没した家具や家電などが場当たり的に運ばれる事態が多発しました。想定を超える量の水害ごみが交通の障害となり、それが復旧車両を妨げるといった悪循環が多く見られました(写真)。また、浸水した家屋由来のごみだけでなく、浸水期間に発生した生活ごみも大きな問題となりました。ごみ自体はボートなどで収集されましたが、バンコク内の三つの廃棄物積替基地のうち水没を免れた一カ所にごみが集中し、一次的な機能不全に陥りました。滞在中にはごみ処理施設の視察の他、バンコク都の水害ごみ対策会議および市民向け衛生管理・ごみ分別イベントへの出席、新聞およびテレビ局の取材などの活動を通じて、情報発信に努めました。行政に対しては、居住地から離れた地域に集積場を設置すること、できるだけ再生利用を進めて処理施設や埋立地への負担を軽減すること、そのために住民にもわかりやすい分別区分で集積地内を整理すること、などを提言しました。また住民に対しては、水害ごみの空き地や道路への投棄ことをやめること、指定場所へのごみの持ち込みは決められた時間に行うこと、分別区分に協力すること、などをお願いしました。日本人の我々にはごく当たり前のことですが、行政のルールに従うという考えは、おおらかな国民性と政治との距離感などから、タイでは決して一般的ではありません。しかし、大都会となったバンコクという社会の中で、市民が求められている役割を理解して行動することで、ごみの速やかな撤去、効率的な処理、埋立地の延命などが、結果的に自分たちのためになることを知ってもらえたと思います。

水害ごみ対策ワークショップの開催

バンコクは少なくともこの100年間で5度の大洪水に襲われているにもかかわらず、水害ごみ対応策が整備されておらず、そのために問題が長期化し複雑化したことは我々日本の専門家としても大変衝撃的なことでした。その改善を目的として、水害ごみ処理計画の策定に向けたアクションが必要である旨を提案し、ひとつの方策として行政・専門家向けのワークショップを開催しました(開催報告1, 開催報告2)。会議を通して、通常のごみ処理システムを水害などの緊急時に活用するための余力を把握するとともに、能力を超過する「水害時ごみ」(浸水ごみと水害時の生活ごみ)を計画的に管理し処理する方策を平時に準備しておく必要性について共通の認識をもちました。 また、水害発生から水害ごみ処理の完了までの局面ごとに求められる対応についてガイドライン案を提示しました。同案の中で、水害ごみ発生状況の迅速な評価、ごみ仮置場・保管施設候補地の選定、民間や自治体同士での災害協定などの「平時の準備」から、「初期対応」、「中長期的な処理」などの局面において主に自治体が考えておくべき事項が整理されたことで、今後の水害ごみ対策への貢献が期待されます。

今後に向けて

ワークショップでは「次の水害では」、「来年の水害ごみは」などという言葉がたびたび飛び交っていました。しかし、これほど大規模な水害は何年も続けて起きるわけではないですし、水害被害を拡大させない抜本的な対策こそが必要であることは言うまでもありません。一方で、台風が立て続けにタイを襲った現象自体、気候変動との関連性が懸念されており、豪雨水害は東南-東アジア全域に拡大して考えるべき共通の問題とも捉えられます。当センターでは、タイでの水害ごみ問題への係わりを契機に、他の地域・都市も含めた対策状況の把握と、積極的な情報発信を続けていく予定です。

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