活動レポート
2023年9月号

世界資源研究所WRIでの1年~環境研究機関の異なる姿

田崎 智宏

いざ、国際環境研究NPOへ

大学や研究機関には「サバティカル」と呼ばれる、普段とは違う研究環境に身を置き、新たな視点や研究手法などを身につける機会を研究者に提供しようという制度があります。当研究所においても長期派遣研修という同様の制度があり、私はその制度に応募して認められ、2022年8月から1年間、米国の首都にある世界資源研究所(World Resources Institute:以下、WRIという)にて研修を行ってきました。

WRIは、研究所という名前のとおり研究機関ではあるのですが、組織の種類としては環境NPO(非営利団体)に属します。いずれの政府・企業からも独立して、利益を目的としない活動を行っています。国や自治体・企業の研究機関とも、大学とも異なる性質をもつ組織です。日本で環境NPOといえば、多くが環境に関する実践活動や普及啓発を行うことをメインにしていて、調査研究をメインにしているところは数少ない1)のですが、WRIは調査研究をメインにする世界有数の機関なのです。1700名を超えるスタッフを抱え、世界各地に地域オフィスを有する一大組織です。

WRIにて驚いたことの一つは、電子図書館の充実度です。当研究所並みに科学専門誌にアクセスができ、最新の研究成果を読むことができます。学術誌の購読は高価なのですが、それをNPOが実現できていることに素直に驚きました。予算規模を調べてみると、当研究所並みの100億円以上の予算を有していました。

WRIが大切にしていることの一つに信頼性があります。設立当時、世の中に継続的な影響力を持ち続けるための条件は何かということを考えて以来、社会から信頼されることを大切にしています。信頼性ある調査分析だからこそ、政策提言が影響力を持つという考えです。そのため、WRIが発表する報告書など、研究論文と同様にしっかりと査読が行われてから発表がされます(面白いことに、科学雑誌に掲載される論文と同じ査読システムが使われていました)。このように、日本の環境NPOが調査研究をしているのとは異なるレベルで研究に取り組んでいるのです。

国立環境研究所との違い

当研究所との違いも見えてきました。米国文化と日本文化の違いもありますが、研究機関としてのスタンスの違いも大きいと考えています。同じ組織でも個人によって異なるところもありますが、ざっくりと平均的な違いを紹介しましょう。

まず、研究面でいえば、大きな違いは調査研究の成果の扱いです。当研究所や大学では、研究者は研究をして論文を書きます。できるだけ一流の論文誌への掲載を目指し、学問の世界で認められるような新しい科学的知見を創りあげることを重視します。研究成果をどう社会に受け止められやすくするかは、副次的な活動であり、世の中で環境への取り組みや実務を行っている行政や企業、人々次第と比較的、相手次第という考えをとりがちです。他方、WRIは調査研究を行ったものを報告書やウェビナーなどで頻繁に直接社会に訴えかけます。論文で重視される先進性や新規性ではなく、社会における環境問題の大きさが重要であり、いかに分かりやすく、人々の心に響く成果を出していくかを重視します。そのため、研究者チームだけでなく、データチーム、コミュニケーションチームが各部門に存在し(しかも、同程度の規模で)、調査研究の成果をいかに効果的に発信していくかに力が注がれています。研究者が片手間で成果発信をするのではなく、新聞社や出版社での勤務経験のある専門の方がそういったチームに配置され、プロとして発信をするのです。そのため、WRIの活動は政策提言・社会提言をすることが前提の調査研究となります。WRIのモットーで「Count it, Change it, Scale it」というものがあります。Count itはベストな科学的データを使うこと、Change itは社会に働きかけて、環境問題を改善するように変化をもたらすこと、Scale itはその変化の規模を大きくすることを指します。Change itだけでなく、Scale itにまで組織の活動にしっかりと位置付けられていることに、大きな違いを感じました。

組織運営面でいえば、相当にデジタル化が進み、透明性が確保され、フラットかつ誰しもが関われる点がWRIの特徴に感じました。組織としての新しいことをしようとすれば、すぐに全員参加可能な会議が開催されます。官僚組織にありがちな縦割りによる情報の断絶や不透明性というものはだいぶ小さくなっていると思います。おそらく、社会に訴えかけてきた分、より多様な反応を経験しており、そういった価値の多様性を前提とすることに慣れているのではないかと思いました。細かい点ですが、業務に使うファイルはウェブ上で共有され、そこで編集されることが当然ですし、会議中に複数の人が同時編集することも頻繁に行われていました。会議の資料は事前に読むことが基本で、会議中は議論に集中するというのも、会議が一方的な情報伝達の場となりやすい日本の組織文化とは違う一面がありました。

私生活の面でも、米国における文化や生活の違いをいろいろと感じた1年でした。

いずれも、日本と米国のいいとこどりができたらと思いながら、日本での研究と生活に少しずつ復帰しているところです。

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