けんきゅうの現場から
2012年6月号

生物試料のダイオキシン分析の実際-「分ける」処理を中心に-

染矢 雅之

環境化学の側面からみたダイオキシン問題

皆さんは環境化学という学問分野をご存知でしょうか。簡単に言うと、環境化学とは、化学物質を中心に環境問題や環境汚染について探る学問のことを指します。そのため、環境化学の分野に属する研究者の多くは、特定の化学物質を対象とした化学分析や毒性試験に多くの時間を費やし、そこで得られたデータ解析の結果を基に議論したり、論文を執筆したりしています。私もこの環境化学という分野に身を置く研究者の一人で、ごみの焼却に伴い生成するダイオキシンによってヒトや野生生物がどの程度汚染されているのか、その実態の解明を主なテーマとして日々の研究に取り組んでいます。イラスト:じゅん

ダイオキシンは、動物実験の結果などから、低濃度で生殖毒性や内分泌かく乱作用を及ぼすことが指摘されているため、欧米や日本をはじめとして、厳しくその環境への排出量が規制されている化合物です。そのため、ダイオキシンの排出量は年々減少してきていますが、その環境残留性、生物蓄積性の高さゆえに、依然として生物試料や環境試料からダイオキシンが検出されており、リスク管理の観点からみて、その汚染実態の把握は重要な課題と考えられています。循環センターのプロジェクト研究の対象でもあるE-wasteリサイクルの現場でも、不適切なリサイクルに伴うダイオキシンの発生がクローズアップされ、その環境影響が懸念されています。

ダイオキシン分析の実際

ヒトや野生生物のダイオキシンによる汚染実態を把握するにあたっては、血液や肝臓、脂肪といった臓器・組織に含まれるダイオキシン濃度を正確に計測する必要があります。そのためには、試料の入手後、実験室で適切な前処理をしなければならないわけですが、この「実験室で適切な前処理」と記述した工程は非常に厄介で、多大な時間と労力を費やしています。

写真[1]:溶媒抽出装置 写真[1]:溶媒抽出装置
写真[2]:活性炭カラムクロマトグラフィー 写真[2]:活性炭カラムクロマトグラフィー

実験室で行う前処理工程とは何なのか、一言で述べると、それは試料中に含まれるダイオキシンと他の成分を「分ける」という作業になります。臓器・組織に含まれるダイオキシンは、ピコグラム(1兆分の1グラム)という単位で表わされるように非常に低濃度です。このように極低濃度の化合物を正確に計測しようと考えると、測定に先立ち、試料中に含まれる他の妨害成分(脂質やたんぱく質など)をできる限り除去する必要があります。そのための「分ける」処理は、主に「抽出」と「精製」から成ります。まず「抽出」ですが、これは試料中からアセトンやヘキサンなどの有機溶媒を用いて脂質を抽出する工程です(写真[1])。ダイオキシンは生物の脂肪に溜まりやすいといった性質を持つため、脂質を抽出すればダイオキシンも抽出できるのです。抽出工程を経て得られた粗抽出液中には、まだまだ多くの妨害成分が含まれているため、続けて、「精製」操作を行います。精製工程では、硫酸に不安定な成分を分解・除去する硫酸処理(ダイオキシンは安定)、化合物によって充填剤との親和性や分子の大きさ、構造が異なることを利用して分離を行うカラムクロマトグラフィー(シリカゲルカラムクロマトグラフィーや活性炭カラムクロマトグラフィー(写真[2])など。)などの処理を組み合わせて行っています。こうした抽出・精製操作を経て調製した精製溶液を分析装置で測定・解析することで、濃度データをようやく得るに至るわけです。抽出操作から測定に辿り着くまでには、数検体処理するだけで丸3日から4日を要することが、ダイオキシン分析者の悩みです。しかし分析は大変ですが、反面データが得られた時の喜びが大きいこともまた事実です。加えて、得られたデータがヒトの公衆衛生の管理や野生生物の保護を成す基礎データとして利用された場合や、学会発表や論文を通じて他の研究者の方々から賞賛を頂いた時の喜びには、他の何事によっても得がたいものがあります。そして分析を通じて、さらに学術的・社会的に貢献したいという意欲がわいてくるのです。

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