循環型社会・廃棄物研究センター オンラインマガジン『環環kannkann』 - ごみ研究の歴史
2007年6月18日号

第5回

井上雄三

 今回は、ごみの埋立(最終処分場)の話です。今でも、リサイクルなどに利用できないごみ、焼却した後に残る灰などは、管理された場所に埋め立てることで最終処分を行っていることはご存じですよね。

6. 欧米と袂を分けた埋立構造概念の誕生

 江戸時代には、ごみの埋立処分は単に窪地や水辺に投げ捨てるだけでした。そしてそれは明治、大正、昭和を経て戦後の昭和30(1955)年代まで続いたのです。皆さん、信じられますか? つい40年前のことです。

 当時、埋立地は季節感を強烈にアピールしていました。夏にはグリーンに、そして冬にはオレンジに山(埋立地)が染まったのです。なんと原因は大量に捨てられるスイカとミカンの皮(生ごみ)でした。埋立地は頻繁に火事を出し、 そしてその不衛生さのため周辺住民は蝿や鼠、悪臭に悩まされていたのです。昭和40(1965)年に夢の島埋立地で発生した蝿の大発生を契機にわが国ではようやく覆土(土をごみの層の上にかぶせて覆うこと)を行う衛生埋立が開始されたのですが、 それまでは投棄されたごみは埋め立てる(積み上げる)だけですから、蝿や鼠が大発生し、腐ったごみから悪臭が噴出・放散するのは当然でありました。全国の自治体の衛生部や衛生試験所の担当者はこれらのトレブル対策に奔走していたのですが、技術開発を伴う学術研究は殆ど皆無の状態でした。

 このような前近代的技術状況の中で自治体技術者の悲痛な叫びに答えたのが花嶋正孝氏(現在福岡大学名誉教授)でした。昭和42(1967)年の春、大学に着任早々のことです。氏はごみ埋立研究を行うに当たって実験室規模ではなく、実際規模での実験研究を基本理念としました。 これが日本独自の埋立構造概念を生む第1のきっかけとなったのです。もし、氏が実験室規模での研究を行っていたとしたら恐らくこの構造概念が世に出ることはなかったことでしょう。

ゆうぞう博士

 最初に目を付けたのは、黒く濁り、辺りに悪臭を放ち、河川や農業用水に多大な被害をもたらしていた浸出水(ごみの層を通ってしみ出てくる水)でした。そこで生ごみを充填した木製模擬埋立槽に空気を送入し、浸出水の水質改善を目的とした実証実験を行い、顕著な効果が挙がることを明らかにしたのです。 この知見はすぐに福岡市との共同研究に発展したのですが、一方では世の中カラーTVというエレクトロニクス時代の幕開けなのに未だに人手で生ごみを充填し、周りに悪臭を漂わせる埋立研究は、大学の内外で低質な研究と厳しい批判を受けたようです。

 しかし、氏の野望はこれらの中傷にめげるはずもありません。空気送入による浸出水水質改善効果を確実なものにした研究成果は、旧厚生省が研究費を補助する「好気性埋立処分技術に関する研究」プロジェクト(昭和48年からの3年間)に繋がり、これがその後の廃棄物研究に大きな影響を与えることになったのです。 40m×40m×5m(深さ)の大型埋立槽でその効果が実証された送気型埋立処分技術は、残念ながらエネルギーを大量に消費して維持管理コストが高くなるために実用化されることはありませんでした。(余談ですが、この埋立槽は2本あり、8,000tの生ごみを漕内に詰めるのに40人がかりで70日間もかかったそうです。 実験ですから殺虫剤などは一切使わないので、蝿地獄の中での作業と聞いています。今の研究者は耐えられるでしょうか?)

 しかし、対照実験で行われた空気を内部に入れない嫌気性埋立槽からの浸出水が、実験室の研究で得られていた経時変化と大きく異なることが明らかになりました。好気性埋立槽と同じような水質となったのです。従って、この対照実験は失敗でした。ところがこの失敗が怪我の功名をもたらしたのです。 これこそが先に述べた氏が主張した実際規模での実験により初めて明らかとなる真実であり、実験室規模では発見できない科学だったのです。この巨大な模擬埋立槽を作る際に底部に設置された浸出水の集排水管の出口が、毎日の浸出水の汲み上げのために厳密に密閉されることなく開放状態が継続したことがポイントとなったのです。 その結果、集水管周りから槽内に自然に空気が導入されたため、浸出水の水質改善が図られたのです。この結果は、2年目の報告書に「準好気性埋立」ということばで報告されました。これがわが国発の新しい埋立概念誕生の瞬間でした。

 当時、欧米において封じ込め型嫌気性衛生埋立が技術的確立に向かっていたとき、わが国独自の埋立構造概念を開発したことは賞賛に値するものでした。準好気性埋立方式は、すぐに福岡市の埋立処分場で実施され、以後全国に波及することになりました。 準好気性埋立方式の誕生により浸出水処理がし易くなり、封じ込め型嫌気性埋立への移行を免れたのです。そして焼却を中心としたわが国のごみ処理体系によって、埋立ごみの質も焼却灰と不燃物主体の低有機分・高塩分化へと変化し、それがまさに準好気性、浸透性覆土方式の埋立方式にマッチしたのです。

準好気性埋立構造概念図
<参考にした資料(例)>
  1. 花嶋正孝:最終処分場の変遷と動向、廃棄物学会誌、3(2)、pp.116-125、1992
  2. 松籐康司:準好気性物語1 −福岡方式の誕生とその発展過程−、月刊「水」、1998年1月号
  3. 松籐康司(分担):4 日本の埋立を変えた福岡方式 in「ごみの文化・屎尿の文化」編集委員会編:ごみの文化・屎尿の文化、技報堂出版、pp.83-87、2006
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