循環型社会・廃棄物研究センター オンラインマガジン『環環kannkann』 - 循環・廃棄物のけんきゅう!
2010年12月6日号

発展途上国における適正な液状廃棄物処理システムの選択手法

神保有亮

 日本における下水道普及率は73.7%(平成21年度末)であり、3人に2人以上が下水道を利用しています。また、下水道が普及していない地域では、浄化槽などの分散型処理システムによる処理や、汲み取り式便所による回収・処理が行われています。一方、急速な経済発展を遂げているアジアの発展途上国においては、基本的な衛生施設が整っておらず、汚水の多くはほとんど処理されないまま環境に排出されており、河川や湖沼の水質汚濁を引き起こし、その河川の下流地域では汚染された水の利用・飲用を余儀なくされています。さらに、不適切な衛生環境は人々の健康問題にも繋がっています。WHO(世界保健機構)によると、毎年190万人の人が下痢性疾患により死亡しており、その約88%は、安全でない水や不適切なトイレといった劣悪な衛生環境が原因であると言われています。これらのことから、汚水や生活排水などの液状廃棄物の適正管理は重要な課題と言えます。

写真 途上国で見られるトイレ(排泄物は直接川や湖沼へ垂れ流しとなります。)

 このような背景から、近年、これまで先進国で開発された衛生システムを普及させる取組が盛んに行われています。例えば、日本には浄化槽という独自の優れた衛生システムが実用化されており、この浄化槽を、途上国をはじめとする海外へ普及させる動きも多く見られます。しかし、現地へ導入後、適切な運転、普及、管理が行えた例は多くありません。日本では電力は24時間安定供給されており、そのため浄化槽を安定的に運転させることが可能です。また、浄化槽のメンテナンスや浄化槽内に溜まった汚泥の回収・処理に関する一連の法律や社会的な仕組みが整備されているので、汚水の安定的な処理が可能となっています。

 では、この浄化槽を途上国に導入したらどうなるでしょうか? 導入直後は正しく運転され、メンテナンスも行われると思いますが、地域によっては安定した電力が供給されず、その結果浄化槽の処理能力が十分発揮できなくなり、次第に処理性能が低下してくるかもしれません。また、ランニングコストの点から24時間連続運転が困難な地域も存在します。さらに、途上国では汚水処理に伴って発生した汚泥の清掃、回収システムが存在しない、もしくは十分に機能していないことが多く、これも処理性能の低下の原因となると考えられます。

 一方で、東南アジアなどでは、日本では想定していないスコールなどの局地的な大雨により、浄化槽が水没したり、大量の雨水の浄化槽への流入による汚泥の流出などが起きたりします。結果として、途上国に導入された浄化槽は、適切な維持管理がなされなかったことにより処理性能が大幅に低下した状態で運転され、汚水はほとんど処理されない状態で放流されてしまいます。このような事例は、地域の経済構造や社会構造、自然条件などの地域特有の問題が複雑に絡み合っており、衛生システムの導入の成否は、この制約条件をいかにクリアできるかどうかにかかるともいえます。この問題解決のためには、地域における制約条件とハード・ソフト面における制約条件、つまり導入システムにおける制約条件を体系化し、それぞれを摺り合わせた上で、最適なシステムを選択する手法の開発が必要です。

 私たちは、地域における制約条件を抽出するため、KJ法という手法を使うことにしました。KJ法は、あるテーマに対しブレインストーミング等で挙げられたアイデア・意見をグループ化し、そのグループにおける意味や構造を読み取り、まとめていくもので、テーマにおける新たなアイデアや発想を生み出すことが可能です。私たちの研究グループが、この方法を使用し、いくつかの途上国における衛生管理上の重要な要素を抽出したところ、
環環ナビゲーター:りえ
  1. 自然・人口・経済
  2. 政策・行政
  3. 排水・廃棄物・汚泥管理
  4. 衛生モニタリングと現状
  5. 処理・技術
  6. インフラ・トイレ
  7. 住民意識
  8. 水資源・水供給
  9. 水災害
  10. 地域特殊要因(文化、スラム開発等)
の10グループに分けることができました。一方、導入システムにおける制約条件としては、社会的制限、文化的制限、地理的制限、イニシャルコスト、ランニングコストの5つのグループが抽出されました。

 実際にシステムを導入する際には、地域における制約条件と、導入システムにおける制約条件を摺り合わせて、その導入の可否を検討しますが、先ほど挙げた浄化槽を例に検討してみますと、浄化槽は電力の安定供給と浄化槽の清掃・汚泥回収システムが必要となります。また、電気代・人件費等のランニングコストが設置者の過度な負担にならないことも重要となります。さらには、スコールや洪水などの自然条件に対する対策も必要となります。結果、安定した電気・水道等のインフラ設備とある程度成熟した社会システムを持ち合わせ、天候的にも安定した地域において、浄化槽は適正な液状廃棄物処理システムとなるでしょう。一方で、安定したインフラ設備が無く、人件費等のランニングコストが設置者の大きな負担になるような地域では、ランニングコストも低く、メンテナンスフリーのようなシステム、例えば土壌による処理システムや、人工湿地による処理システムなどが適していると考えられます。

 このような、衛生システム技術の途上国への導入を容易にするためには、適正な衛生システムを選択するための手法を開発する必要があります。現在開発中の選択手法においては、導入先の地域における、気候や経済、行政システム、インフラ設備、文化面などの制約条件を設定することで、様々な地域特性に応じた最適な衛生システムを選定することが可能となります。この選択手法の開発は、今後の途上国支援において重要課題と位置づけています。

<もっと専門的に知りたい人は>
  1. 平成21年度循環型社会形成推進科学研究費補助金研究事業研究報告書「アジア地域における液状廃棄物の適正管理のための制約条件の類型化および代替システムの評価」
  2. Tilley, E. et al,: Compendium of Sanitation Systems and Technologies, Swiss Federal Institute of Aquatic Science and Technology, 2008
関連研究 中核研究4
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