2008年12月1日号
アジア地域に適合した分散型の生活雑排水処理システム蛯江美孝
途上国に適合した衛生環境改善途上国において、生活排水(2007年3月5日号「生活排水」参照)、すなわち、トイレ排水(し尿)やその他の生活排水(生活雑排水)を適切に処理し、感染症の発生抑制や井戸水の汚染防止等を図ることは、人々の生活基盤を支える重要な対策です。日本で開発された浄化槽(2007年3月5日号「排水を毎日きれいにする小さな装置」参照)は分散型の低コスト・高度処理システムであり、非常に有望な技術ですが、それでもなお、浄化槽ではコストが高すぎるという地域があります。 私たちは、アジア諸国で持続可能性・適用性の高いサニテーションシステムの開発において、分散型のエコエンジニアリング(生態工学)を活用した生活排水処理システムを確立し、おが屑などを副資材としてし尿を肥料化することができるバイオトイレとの組み合わせシステムを検討しています。今回は、「混ぜない(排水分離)」、「集めない(分散型)」を前提とした生活雑排水の最適処理手法の一つとして、傾斜土槽法をご紹介したいと思います。 傾斜土槽法の構造と原理傾斜土槽法は、底に傾斜がついた薄い箱型の容器に土壌を充填し、排水を土壌内に浸透流下させて浄化する方法です。通常、土壌微生物の活性は土壌の表面付近が一番高いので、その機能を効率的に活用するため、土壌は10cm程度に薄層化して充填しています。底部には、滞留時間の確保および偏流(水みち)防止のために遮水板が設けてあり、遮水板の高さを変えることによって土壌の湿潤・乾燥、好気・嫌気の度合いを調節することができます。傾斜土槽に充填された土壌はフィルターの効果を有し、充填土壌による物理的なろ過や吸着作用が働きます。さらに土壌に捕捉された汚濁物質は微生物により分解されます。 なお、傾斜土槽は交互に積み重ねて多段にすることができるため、他の生態工学技術と比べて広い面積を必要とせず、コストやメンテナンス費用を低く抑えることができると考えています。 また、このシステムは汚濁物質の酸化分解を進める上で空気を吹き込むための電力が不要であり、設置・運転のコストが安価で、かつ、簡易・コンパクトであると言え、適正な運転管理技術を確立することにより、途上国においても高度な処理が期待できます。また、排水分離によってし尿の混入がないため、処理水の再利用が容易であるなどの利点も挙げられます。 実家庭での実証試験埼玉県秩父市にある実家庭において、バイオトイレとの組み合わせによる実証試験を実施させて頂きました。現場ではスチロール製の傾斜土槽を4段積み重ねたものを設置しました。一戸の実家庭(二人家族)を対象とした実証試験であるため、生活雑排水の汚濁濃度は大きく変動しましたが、傾斜土槽の段数を経るに従って流出水の水質は向上し、処理性能が安定化しました。通年試験の結果を見ると、気温は10〜30℃の間で変動していましたが、本処理システムの有機汚濁物質の除去性能は非常に高く、処理水の有機汚濁の指標となるBODは平均で10mg・L-1以下となりました。懸濁物質(SS)除去率も同様に高く、実現場において、年間を通じての効率的な処理が可能であることが明らかとなりました。 富栄養化の原因となるリンについては高い除去性能が見られましたが、窒素に関しては、酸化反応が不十分な状況であり、硝酸の還元(脱窒)反応も含めて、効率的な運転管理技術の開発が重要であることが示唆されました。 さらに、生活雑排水処理では、洗濯洗剤等に含まれているLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸)等の陰イオン界面活性剤は、水を再使用する場合や環境中へ放流する場合の影響が懸念されるため、界面活性剤の処理能の評価が重要です。陰イオン界面活性剤の微生物分解には好気的条件が必要ですが、本試験における検討の結果、嫌気的領域が多い1、2段目までは除去率が低く、好気的領域の多い3、4段目で除去率が高くなる傾向が認められました。窒素除去能とともに、界面活性剤を含めた有機物除去性能を同時に高めるためには、傾斜土槽の内部構造を変更することや、断続的な原水流入により時間的に嫌気と好気を繰り返すなどの検討が必要になると考えられます。 今後、さらに生活系排水等の処理実証試験を重ねて処理効果や維持管理方法を確立し、当該技術のアジア地域への普及・展開に繋げることを目的として研究を推進していきます。 <もっと専門的に知りたい人は> |
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