2007年9月3日号
廃棄されたアスベスト製品やその無害化処理物中のアスベストを分析する山本貴士
アスベスト(石綿)による健康被害が、2005年6月に大きな問題になりました。アスベストはとても細い鉱物繊維で、熱や薬品、摩擦や引っ張る力に強く、糸や布として織ることもできるという優れた性質があるため、様々な用途に使用されてきました。セメントなどで固めてボード類として建築物に使用したり、水道管として用いたり、自動車のブレーキパッドなどに使用されました。また、保温や防音のために壁や柱にそのまま吹き付けて使われたこともあります。 さて、アスベストによって引き起こされる健康被害は、どういったものでしょうか。アスベストはとても細い繊維なので吸い込んだ場合に鼻や気管で止まらず、肺まで届いて沈着してしまいます。こうして大量のアスベストを吸入することで、中皮腫や肺がん、石綿肺などの病気を発症するのです。日本で最初にアスベストによる肺がんの報告があったのは1960年、中皮腫の報告があったのは73年です。先に大量消費に入っていた諸外国の健康被害の事例もあり、日本では71年に規制が始まりました。72年には労働安全衛生法が制定され、89年には大気汚染防止法の改正によって工場などからのアスベストの発生を規制することになりました。2005年には石綿障害予防規則が制定されました。アスベストの製造や使用に関しては、75年に吹き付け使用の原則禁止、95年に毒性の強い2種類のアスベストの製造や使用が禁止されました。そして、2004年に製品の製造や使用が全面禁止されました。このように、製造や使用の段階でのアスベストによる健康被害を防ぐ取組みがなされてきましたが、今後はアスベストを含む建築物の解体や建材の廃棄の段階での健康被害を防ぐ取組みが必要となります。 これまで、アスベストを含む廃棄物(石綿含有廃棄物)のうち飛散しやすいものは、有害廃棄物としてアスベストが飛ばないように、セメントで固めるか二重に袋に詰めた後に埋め立てるか、あるいは繊維が完全になくなるように1500℃以上の高温で溶かすことにより処理されてきました。しかし、今後数十年にわたってアスベストを含む建材の廃棄が続くことや埋立処分場が不足していること、またアスベストは鉱物なので埋立処理しても性質は変わらず、本質的な対策にならないことなどの理由から、環境省は、石綿含有廃棄物を国が認めた方法によって無害化処理することを進める方針を示しました。無害化処理とは、高温で溶かすなどの方法でアスベストを害のない形に変化させることで、処理した後の物についてアスベストを分析し、検出されないことを確認することが求められています。 それでは、アスベストはどうやって分析するのでしょうか。固体中のアスベストの分析方法として公的に認められた方法には、分散染色法とX線回折法があります。分散染色法には、倍率400倍の光学顕微鏡を使うので分析が簡単である長所がありますが、細い繊維が見えない短所があります。中皮腫の原因となるアスベスト繊維の幅は約0.1マイクロメートルと言われていますが、光学顕微鏡ではこの幅の繊維は観察できません。X線回折法には、アスベストの重量濃度を正確に分析できる長所がありますが、繊維数を分析することはできず、また0.1パーセントより少ないアスベストを分析することはできません。これらの方法はアスベストを含む建材などの分析には使えますが、アスベストを含む廃棄物やその無害化処理物の分析には向いていないのです。 そこで私たちは、透過型電子顕微鏡(TEM)を使って廃棄物や無害化処理物などのアスベストを分析する方法を考えました。TEMには、分析が難しく装置が高額であるという短所がある反面、アスベストの重量濃度を推定することができる上、細い繊維も観察できる、アスベストの同定が確実にできるといった長所があります。 実際に、3種類のアスベストをTEMで観察した結果を図に示しました。左側の写真はそのまま撮影したもので、アスベストの繊維形状がわかります。左上はクリソタイル繊維の写真ですが、その幅は0.05マイクロメートルほどです。こうして画像上でアスベスト繊維のサイズを測ることで体積がわかります。これにアスベストの密度をかけると繊維一本の重さがわかるので、これから重量濃度を推定できるのです。中央の写真は電子線回折という方法で撮影したものです。アスベストに電子線を照射すると、その結晶によって電子の流れが曲げられ、このような回折パターンが得られます。この点や線の間隔を測ることで、アスベストの種類を決めることができます。右側の図はエネルギー分散X線スペクトルというもので、その繊維の元素組成を知ることができ、アスベスト繊維かどうかを見分けることができます。 アスベストを含む廃棄物の無害化処理を進めていく上で厳格な分析方法が必要となりますが、私たちの開発した方法は、感度や精度の点で優れた方法であると考えています。現在、この方法の普及のため、複数の分析機関に呼びかけ、同じ試料を分析して結果を比較するという作業を行っています。その作業はまだ途中ですが、アスベストそのものを使った場合にアスベスト繊維の計数結果はよく一致し、推定した重量も設定した値とよく一致するという結果を得ています。今後も引き続きこの方法を広めていくとともに、処理施設での日常管理に使える簡易な分析法の開発も進めていきます。 <もっと専門的に知りたい人は> |
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