循環型社会・廃棄物研究センター オンラインマガジン『環環kannkann』 - 循環・廃棄物のけんきゅう!
2009年11月16日号

廃棄物や再生製品のための簡易な分析

滝上英孝

 廃棄物やその焼却灰が、埋め立て後に周辺環境に影響を与えていないか、工場や環境整備施設(焼却炉や下水処理場など)からどのくらい有害物質が出ているか、また、規制値を超えていないか調べるためには、化学分析が必要になります。特に規制値の遵守を調べる際には、測定精度の高い方法、いわゆるゴールデンスタンダードと呼ばれる分析方法(試料採取から調製、前処理、測定を含む)を用いることが決められています。

環環ナビゲーター:たけ

 これは医療・健康の分野でいうと、人間ドックでの検査、特に精密検査のレベルにあたるものです。一方、携帯型の血圧計や血糖測定装置など、家庭で使える医療機器も広く普及してきています。これは日常的な健康管理を目的としたものであり、精度は多少劣りますが、安価でも高頻度にデータを取ることができ、私たちが自らの健康状態を迅速に把握し、必要な処置をとることができます。

 廃棄物処理やリサイクルの分野でも同じことがいえます。廃棄物がリサイクルされてできた再生製品(プラスチックや溶融スラグなど)の品質管理を目的として、重金属など有害物質の含有量や溶出量について調べ、安全性を日常的に評価する必要性が指摘されています(2007年4月16日号「溶出試験」参照)。特に廃棄物は組成が複雑で、由来も一つとは限りません。そのため、廃棄物を原料とする再生製品は品質変動が大きくなりやすく、またその環境安全性(周囲の環境や人の健康に対する安全性)については情報が不足しがちです。このような状況では、廃棄物の処理処分やリサイクルに関する化学的な情報を高頻度かつ迅速に提供するための簡易分析法の適用が求められます。そこで、私たちは現在、地方公共団体が設置した環境研究所と「循環利用促進及びリスク管理のための簡易試験法の確立に関する研究」というテーマで共同研究を行っています。このうち、これまでに得られている成果例として2つご紹介します。


カートリッジ式ボルタンメトリーを使用した溶融スラグの鉛(Pb)分析

 溶融スラグ(2007年4月16日号「ごみの建設材料へのリサイクルと環境安全性」、2006年11月20日号「溶融スラグ」参照)は、焼却灰などの廃棄物を1,200〜1,400℃の高温で溶融してつくられ、コンクリートや路盤材に用いられるものです。2006年にはその日本工業規格(JIS)が制定され、重金属の安全性基準が制定されました。重金属のうち、鉛(Pb)は適切な管理を必要とする有害物質で、基準超過の可能性が高い物質です。スラグ溶出液中のPbを重点的にモニタリングする方法として、コンパクトなカートリッジ式ボルタンメトリー(図1)の適用を試みました。

図1 研究で使用したカートリッジ式ボルタンメトリー

 ボルタンメトリーとは、電気化学的分析法の一種で、まず、溶液中の金属を電極上に析出させます。この電極に電圧を掛けるとその金属が溶け出しますので、この時に流した電流量をもとに金属量を測る方法です。余談ですが、先に触れた血糖測定装置もボルタンメトリーの一種です(分野を超えたいろいろな応用が行われているのですね)。図1でPbは分離濃縮膜(陽イオン交換膜)に捕捉された後、溶離され電極部分で測定されます。分析に要する時間は30分程度でカートリッジは再利用も可能です。

 Pbのスラグ溶出基準値は10μg/Lであり、この装置での目標感度をその1/10の1μg/Lに設定して測定方法の妥当性確認(バリデーション)を行いました。分析に影響を及ぼす因子としては、試料のpH、分離濃縮時の妨害物質としての塩類(陽イオン)、ボルタンメトリー測定時の妨害物質としての銅イオンに特に着目して対策を検討しました。結果的に、Pbに対する検量線の直線範囲は0.5〜10μg/L、検出下限値は0.15μg/Lでした。Pb標準溶液の繰り返し測定に対するばらつき(相対標準偏差)も数%に抑えられる測定方法が開発できました。

 現在は、実際の溶融スラグをサンプリングし、JISに定められる水溶出試料(地下水へ混入するシナリオを想定した試料)と塩酸(1N)抽出試料(ヒトが経口摂取し消化管で吸収されるシナリオを想定した試料)について測定数を増やしています。両試料ともゴールデンスタンダードとしての高周波誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)との結果比較を行っていますが、1μg/L付近の低濃度の水溶出試料においてもボルタンメトリーでICP-MSと一致した結果が得られています。しかも、ボルタンメトリーの結果は現場技術者への2日間の指導後に得られたものです。


蛍光X線分析を用いた廃棄物データベース作成

 廃棄物を処理あるいはリサイクルする場合や、不法投棄された廃棄物を調べる場合には、対象となる廃棄物の性状や由来をすぐに確かめる必要があります。廃棄物や製品の元素含有量や組成などを迅速に調べるうえでは、蛍光X線分析が有用です。この分析法は、例えば、欧州連合(EU)のRoHS指令(電気電子製品への有害物質の使用規制)(2009年4月20日号「RoHS指令」参照)の対象物質である重金属や臭素のスクリーニング分析(100ppmや1,000ppmといった濃度で含まれているかいないかを判断する分析)にも使われています。蛍光X線分析とは、試料にX線を照射して得られる蛍光X線を測定することで試料中元素の濃度を定量する方法です。試料を破壊せずに多くの元素を簡易・迅速に測ることができる分析法です。

 この蛍光X線分析を用いて研究所に保管している廃棄物試料約200点を対象に元素データベースを作成しており、未知試料の由来検索に役立てようとしています。試料としては、鉱滓(金属製錬の際に生じる金属くず)、汚泥(排水処理などで生じる固形物)、焼却灰、ダストを集め、32元素(Al, As, Ba, C, Ca, Cd, Cl, Co, Cr, Cu, F, Fe, K, Mg, Mn, Mo, Na, Ni, O, P, Pb, Rb, S, Sb, Se, Si, Sn, Sr, Ti, V, Zn, Zr)の定量分析を行いました。

 どのように結果をまとめているか、データベースの表示例を図2に示します。構成は図内の番号順に次のようになっています。

表示されている試料が試料母集団中でどの濃度レベルにあるかを色で示すカラーチャート

元素別の濃度ヒストグラム表示(母集団分布を示します)

類似試料検索のための入力欄(未知試料の元素濃度データを入力して、データベース内の何の試料と組成が近いか(類似度)を検索します)

対象試料のデータシート(試料種類、採取日、溶出試験結果、各種無機元素濃度プロファイル、色相など)

このようにデータベースのフォーマットを決めて、試料数を増やしてデータベースを充実させています。一方で、蛍光X線分析は、試料表面付近の元素濃度についての情報を与えるものですので、試料全体の含有量をゴールデンスタンダード(分解、抽出を行いICP-MSを用いる)で測定して両者の比較も実施しています。対象試料では、多くの元素で両方法の測定値の比の値が1/2〜2の範囲にありました。

 簡易測定法は、その適用目的に合うように、そして目標となる分析感度や精度等を担保しながら、最新・最高技術を積み上げて構築したゴールデンスタンダードの工程(サンプリングから測定までの各工程)のいずれかの部分を簡略化して開発していくものです(2007年3月19日号「はかる」、2007年9月18日号「『はかる』ことを評価する」参照)。これはゴールデンスタンダードの構築とは逆向きの作業であり、別の意味で工夫を要するものです。廃棄物や製品は、性状の複雑な対象ですから、現場ごと、測定媒体ごとにケースバイケースのバリデーションが必要になります。取り組む研究者、技術者の対象試料やフィールドの把握が大切になると考えられます。


図2 廃棄物試料の蛍光X線分析結果によるデータベース表示例

<もっと専門的に知りたい人は>
  1. 環境省総合政策局総務課環境研究技術室編:平成19年度環境保全成果集「51.循環利用促進及びリスク管理のための簡易試験法の確立に関する研究」pp1-17、2008
  2. 環境省総合政策局総務課環境研究技術室編:平成20年度環境保全成果集「47.循環利用促進及びリスク管理のための簡易試験法の確立に関する研究」pp1-26、2009
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